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第一話・焔 第四章・1
新田のために心療内科にかかったのに、報告もしないで高岡を捜した。
退屈な時間を高岡と過ごしたいと思った。新田ではなく、高岡と。
新しいティッシュを渡される。涙の量は思ったより多かった。
「あいつはやめとけ。いかれてる」
車内に須堂の声が響いた。運転席側の窓が下ろされ、頭を冷やす風が入ってきた。
「予定変更だ。泣きやんだらダチに電話してみろ。泣き声聞かせるなよ」
ライターを開く音がする。須堂が煙草に火をつけた。険しい顔だった。
「……高岡のばかが。ろくなことをしねえ」
小声で言ったつもりなのだろうが、須堂は声の大きな男だ。憎しみや敵意がないのはわかる。だが、高岡をばかだと言われると黒いモヤが広がった。
(好きになったからじゃない。自殺を阻止した人を、悪く言われたくないだけだ)
まだ洟をすすっていたが携帯電話を出す。新田の携帯電話は電源が切られている状態だった。アナウンスが須堂の耳にも届いたのだろう。自宅にかけろと言われた。
「怪我については訊くな。せっかくボーヤをかばって逃げたんだ」
うなずく春樹の耳もとで中年女性の声がした。母親のようだ。
「新田です。どちら様ですか」
勉強会があるときに聞こえた声とはトーンが違う。明らかに警戒していた。
「あの、に、丹羽です。先輩、いますか……?」
「丹羽くん? 修一の後輩の子なのね? 修一はもう寝ました。何かあれば伝えますが」
「いえっ! いいです。すみません、夜遅く。失礼します」
急いで電源ボタンを押した。電話機を閉じると同時に、ほうっと息をつく。
「いたか?」
「は、はい。寝たそうです」
「とりあえずよかったな。じゃ、今度はお前の家を教えろ」
断っても須堂は送ると言うだろう。観念して自宅の所在地を告げた。
ごく普通の運転をする須堂は、春樹の自宅マンションが見えるまで何も言わなかった。
寝室に入ったときには十一時近くになっていた。雨はやんでいた。
充電ホルダーに乗せるときに携帯電話を見たが、着信履歴に変化はなかった。メールもない。
学習机の引き出しを開ける。カフスボタンがきらめいた。少し奥には切り裂かれたキキョウのハンドタオルがある。
お前を置いて逃げたやつなんて忘れろ。ヤクザ上がりの言うことも聞くな。
頭の奥の声は威勢がよかった。今夜はとてもかないそうにない。
好きに言わせ、笑わせながら、百万円入りの封筒を引き出しの最奥へ入れた。何も考えずにカフスボタンをつかむ。
マンションを飛び出して一番近くのコンビニまで走り、カフスボタンをゴミ箱に投げ捨てた。
迷いが出ないうちに引き返す。運悪く信号が赤になった。こんなときに限って車が途切れない。
背後で音がした。コンビニの店員がゴミ箱を開けている。ゴミ袋を交換しようとしていた。
「待って!! 待ってください!」
コンビニの前まで駆け戻り、店員に事情を話す。誤って大切なものを捨ててしまった、探させてくれと。
店員は承諾し、新しいゴミ袋をセットして店内に入った。レジのそばで他の店員と眉をひそめる。雑誌を立ち読みする客が首を伸ばして春樹を見た。
パンの袋、ジュースの空き容器、丸めたティッシュ、食べ残しのカップ麺などをかきわけた。
「あった……!」
コーヒー牛乳の紙パックの縁に、カフスボタンの留め金が引っかかっていた。
両手で拾い、落とさないように握りしめた。シャツの裾を出してきれいな服地でぬぐい、その場にへたり込む。
(見つかってよかった)
涙が出そうになり、袖で顔を押さえた。ゴミの臭いなど少しも気にならなかった。
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