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第一話・焔 第三章・4
三叉路から最寄り駅に戻るつもりだった。
ひとつ目の信号を過ぎるとオープンカフェがある。風が強いので屋外の席に客はいないが、窓から店内が見通せた。
店の中に黒髪の男を探した。背の高い、煙草を吸う男がいないかと。
歩道で立ちどまる春樹の脇を、若い男が舌打ちして通り過ぎる。春樹はとぼとぼと歩き出した。
イロなのかと言われて頭に血がのぼった感覚は消えていた。
退屈だった。
高岡なんていないほうがいい。自殺をとめてくれはしたが、ひどいことをする男だ。暇があれば春樹をからかう。口うるさい。すぐに殴るくせに説教は遠回しだ。車の運転もなっていない。会いたくない。電話で話すのも嫌だ。
そう思うのに、高岡がいない時間を退屈だと感じている。
いつもなら心の中で「気のせいだ」と否定する自分がいた。それが今はいない。
あいつが悪いのだ、とは思う。
日本庭園に不似合いなシバザクラを植えた。春樹の自主性を尊重して別邸の合鍵を渡した。
夜のシバザクラを揺れる目で見て、春樹の腕を焦ってつかんだ。猛獣使いが使うような鞭を振るう男が。
大人なのに、どうして春樹を惑わせる行動をとるのだろう。気持ちを揺さぶらないでほしい。
(それなら……会わなければいいんだよな)
雑居ビルの医師は高岡がこの辺で油を売っているかもしれないと言ったが、今日は土曜だ。もう仕事をしていると考えるのが自然だろう。稲見も言っていたが煙草が吸える場所は減る傾向にある。高岡の立ち寄り先など見当もつかないが、時間をつぶすにしても禁煙を強要される場にいる姿は想像できない。
昼に営業している飲食店の少ない地域のようだし、会えないことが普通なのだ。帰ったほうがいい。
ビルの間から出てきた数人の子どもが、春樹の前を走っていく。子どもたちの後ろで母親らしき女性がふたり、危ないわよと言っている。
子どもが駆ける横断歩道の先に見覚えがあった。勇次と話をした公園に続く道がある。
(公園なら煙草が吸える)
母親が駆け足で横断歩道を渡る。春樹も点滅する青信号に向かって駆け出していた。
公園外周のコインパーキングにキザな外車があった。高岡の車だった。
凶暴な男が車内で寝ていたらと思い、忍び足で近づいた。高岡の姿はなく、ウインドウに女顔の少年が映るだけだ。情けない顔をしている。
ばかばかしくなった。退屈などと言っている余裕はない。テストはすべて平均点を上回っていたが、完全に理解しての結果ではない。高岡が山を張ったところを勉強しただけだ。丁寧に復習をしないと授業に追いつけないのは、テスト前と同じだった。
帰るのだという脳の命令を無視して、体が勝手に車止めを通過する。
公園の奥から子どもの声がした。遊び場で駆け回っているのだろう。
「学校休みだし、少しならいいかな」
園内を一周したら最寄り駅に向かうと決めた。舗装されていない土のあるところに足を踏み入れる。
広葉樹の間を抜けると、いくつかのベンチが見えた。
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