Cufflinks
第一話・焔 第三章・4
「ごめんなさい」
間を入れず新田が謝罪する。新田の肩が押された。「おいこら」と言った男に突かれたのだ。
新田を突いた男の髪は金色に染められ、逆立てられている。金髪の陰から別の男の声がした。
「やめましょう」
仲間なのか、焦りや怒りのない声だった。後ろをちらと見る金髪男が疎ましげに言った。
「こっちにはこっちの流儀があんだ。田舎モンは黙って見てろ。ところでな、お坊ちゃん」
気色ばむ新田の胸ぐらを金髪男がつかむ。
「お坊ちゃんはどこの学校に行ってんだ? 謝り方も教わらないのか?」
「謝ったじゃないですか」
真っ赤な顔の新田が答える。金髪男が口笛を吹いた。
「へーえ。オレが通った学校じゃあ、今のはケンカを売った、つうんだよ!」
言葉の終わりと同時に、新田が殴り倒された。
「修一っ!」
尻餅をつくように倒れた新田に春樹がすがりつく。見上げると、新田を殴った金髪男が笑っていた。
「こっちのお坊ちゃんは、お嬢ちゃんか」
春樹の頬が軽くはたかれそうになる。唇の横を押さえていた新田が立ち上がった。
「やめろ! 汚い手で触るな!」
新田の腹に金髪男の薄汚れた革靴がめり込む。新田は濁ったうめき声をもらし、よろめいてうずくまった。
「やめてください! 肩がぶつかったことは修一も謝りました。許してください」
腹を押さえる新田の背をさする。
「修一、大丈夫?」
「シュウイチ、ダイジョウブ? だってよ。聞いたか!」
金髪男がホテルの塀を見て大げさに言う。一度はやめましょうと言った仲間らしき男は、塀にもたれてうなずくだけだ。適当な相づちに金髪男は唾を吐き、小声で「役立たずが」と言った。品のない姿勢でしゃがみ、新田の髪をつかむ。
「お嬢ちゃんとナニするつもりだったんか。イイのか? ケツでやんのって」
新田の目がぎらりと光った。怒りと侮蔑を隠さずに汚い男を睨む。髪を放した手が新田の頬を張った。
「ホモが一丁前にホテル使うんじゃねえよ。そのへんで下だけ脱いでサカってりゃいいんだ。わかったか」
何も言わない新田の顔を、金髪男は下から覗き込んだ。
「むかつくぜ」と言ったと思ったら、新田の襟を持って引き上げた。
「やめてっ! 暴力はやめてください!!」
抗議する春樹の前に、塀にもたれていた男が立ちはだかった。いつ塀から離れたのだろう。気配もしなかった。男が履く軍靴に似た靴に春樹の靴先が当たる。多少勢いがついていたため蹴った格好になったのだが、男は何の反応も示さなかった。金髪男は新田を上から下まで見て、下品な言葉を口にした。
「ホ、テ、ル、だ、い」
春樹を阻む男の軍靴がジリッと鳴った。見かけより体重がありそうな音だ。恐喝行為をする金髪男を横目で見る。
くだらないものを見るような目だった。
「勉強代だと思って、ホテル代を置いていけ。お嬢ちゃんにケガさせたくないだろ」
新田が返事をするのを待たず、春樹がバッグを開けかけた。
バッグのファスナーが三分の一も開いていないときに、新田の雄叫びがした。金髪男と新田が道に転がる。
タックルした新田が金髪男に蹴られた。続いて殴られる。殴るために腕を大きく引いたりしない金髪男は、どう見ても喧嘩慣れしている。脇腹やみぞおち、下腹部などに打ち込まれる一撃一撃が、確実に新田の力を奪うようだった。
「やめて!! お金払います! 修一も抵抗しないで!」
百万円からでも財布からでもいい。早く出さないと……!
前触れなく腕をつかまれた。どうやって逃れたのか、新田が春樹の腕をつかんだまま駆け出す。尻ポケットから財布を出して道に投げ、叫ぶように怒鳴った。
「金ならその中にある。持っていけ!」
背後には下腹を押さえる金髪男がいた。必死の抵抗で新田が相手の腹を蹴るか何かしたのだろう。
軍靴男がとめようとするが、金髪男の動きは素早い。軽々と制止の腕をかいくぐった。
後ろを見すぎていた。春樹はひとり、見事に転んだ。
「春樹!」
運動神経のカケラもない春樹に、新田の手が伸ばされる。
と思っていた。
何も触れなかった。新田は青い顔で春樹の後ろを見ている。金髪男の手に、白く光る小さなナイフがあった。
「根本的に謝り方がわからねえみたいだな」
「や、やめてくれ。金ならそこにあるから」
「うるせえ!!」
ナイフを持った暴漢が新田に突進する。闇に光る鋭利な刃物が、高岡とのゲームを思い出させた。ぎりぎりのところでかわしたが、新田の足がもつれている。次は避けられないかもしれない。
バッグ越しに硬い物体が触れた。携帯電話かと思ったが小さい。
壬がくれた防犯ブザーだった。客は塔崎なので危険はないと思ったが、万一に備えて忍ばせておいたのだ。
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