Cufflinks
第一話・焔 第三章・4
「修一、ゲーム好きだったっけ。何かいつもと違うね」
新田が春樹の手を引いてクレーンゲーム機に向かう。百円玉を一枚入れ、横向きの矢印があるボタンを押す。
どの景品を狙っているのか訊くが、新田は「うん」としか言わない。春樹が縦方向を示すボタンを押した。
何もつかめなかったアームが、景品投下口の真上でむなしく開いた。
「出ようか」
抑揚のない声が心細く、新田のシャツの裾に指を伸ばす。
長袖Tシャツにもう少しで触れるところで、新田の手が春樹の指をつかんだ。
「今夜、時間あるか?」
「あるよ。なに?」
「……ホテルに行こう」
手をがっしり握られた。指を交差させて手の平を合わせる、数えるほどしかしなかったつなぎ方だ。すれ違う人の目がつないだ手を見ていく。
最初に向かおうとした北へと歩き続け、小路に入った。ネオンの質が変わる。
「男だけでも入れるホテル、調べてきた」
新田の視線を追う。ひとつ先に見える小さな四つ角に、モーテルに似たネオン文字が輝いていた。
ホテル名を知らせる蛍光色は、客と使う建物にはない。外国映画で見る妖しい光に、わずかな恐怖を感じる。
怖いものは未知の場所だけではない。塔崎に提供して間がない体を、新田に怪しまれないだろうか。
もうホテルに着くという段になって、春樹の足がとまった。新田が痛いくらいの力で春樹の手を握る。
「俺のものになってほしい」
そういうホテル街だ。人目を気にして歩く男女、抜け道として使っているのか、下を向いて足早に進む会社員。
こんなところで立ちどまっていたら新田に恥をかかせる。わかっているのに靴がアスファルトからはがれない。
「昨日の電話……お前の声、ちょっとおかしかった。お前の部屋に泊まったとき、俺のものにしてと言ってくれたよな」
汗ばむ新田の手が熱い。熱いうえに少し震えている。
「今もその気持ちがあるなら、一緒に入ってほしい。嫌なら家まで送って俺は帰る」
「どうしてホテルなの? 人に見られるし、お金もかかるのに」
「だからいいんだ」
つないだ手を離さずに向かい合う。新田の片手が春樹の肩に触れた。
「見られて恥ずかしい関係じゃないし、ふたりで過ごすための金を出したい。格好いいホテルじゃないけど」
「修一……!」
靴を引きはがすことができた。ひたいを新田の胸に当てる。
待ち合わせてから、違う。事前にホテルを調べてくれてからずっと、新田は迷いと戦っていたのだ。
勉強会をうらやんだ春樹の声を、おかしいと感じてくれていたのだ。
恥じることも怖がることもやめた。塔崎の熱が残っていても、新田といるときは新田のものだ。
寄り添ったままホテルに入ろうとしたときだった。
ドン、という、鈍く重い音がした。新田が春樹とは反対方向を見る。
「おいこら。肩ぶつけといて、ひと言もなしか」
新田の向こうに、痩せ気味で人相の悪い男が立っていた。
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