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第一話・焔 第三章・4


「聞いたことないかな。この世界での……又貸しという言葉」
 浴室で高岡にレイプまがいのことをされたときに聞いた。顔見知りの客につかせてから見知らぬ客に貸し出されることだと言っていた。
「高岡さんから聞いてます」
「怪我した子には借金などのトラブルはなかった。今回の件では強引な又貸しが疑われている」
 血の気が引く音がした。粥川が送り届けた男娼が、大怪我を負って発見された。
 男娼はもっと別の問題を抱えていたのかもしれない。単純な事故も考えられる。
 たとえば────ひとりで足を滑らせて転んだとか。
 子どもじみた想像を、粥川のえくぼと三浦の鞭が吹き飛ばした。おそらくは三浦の遊び道具にされたのだ。
 自宅に戻った際に何かがあったと考えるのが自然だろう。
 商品が住むところを悪意ある者に知られないためには、引越しと情報管理が有効だと社は考えたのだ。
 稲見が伸びをする。あごが外れそうなあくびもした。
「失礼。全員召集でね。昨日の午後から会議、会議で仮眠もろくにとれていない。ああ、運転には支障ないから」
 膝上のバッグが震えた。振動が短い。席を立つ稲見に声をかける。
「待ってください。メールがきたみたいで……見てはだめですか」
「いいよ。仕事中にも電源を入れているんじゃないだろうね」
「入れてません。すみません、すぐ終わります」
 バッグの中で電話機を開く。新田からのメールだった。

『どこにいる? 新宿にいる。会いたい。』

「あのっ、ごめんなさい! 新宿に行ってもらえませんか?」
「今から? 何の用だい」
「学校の先輩が来てるんです。すごく優秀な人です」
 新田が新宿とは珍しい。勉強会は終わったと思うが、何かあったのだろうか。
「学校の子なら仕方がないけど……節度のある交際をね」
 稲見に続いてレジに向かう。メールの往復で、新宿駅に近いファッションビルが待ち合わせ場所として決まった。
 新宿には風俗店も多い。きらびやかだが危険な繁華街だ。
(自分が働く店の裏で男娼が倒れていた)
「あの……稲見さん」
 車のキーを出す稲見は生返事ばかりだ。後ろ姿から疲れがにじみ出ていた。
「あ、あの」
「なに。大事なこと?」
「…………いいえ」
 怪我をした商品は粥川に騙されて三浦に暴行されたのかもしれません。
 証拠もないのに言えるはずがない。あっても言えば粥川が黙っていない。新田に危険が及ぶ。
 男娼仲間と新田。悪いとは思うが、選ぶなら後者だ。
 意識があるなら真相がわかる日も近いだろう。


「春樹。疲れてるのか?」
 新田の顔に原色の照り返しがある。
 ゲームセンターのドリンクコーナーで、春樹と新田は缶飲料を飲んでいた。スタンド式のテーブルを挟んでいる。
「座れるところ、探そうか」
「ううん、いい。ゲームセンター滅多に来ないから、音でびっくりしただけ」
「ゲームをしないとうるさく感じるだけかもな。何かやってみよう」
 夜の七時に落ち合ったビルは新宿駅西口のそばだった。新田は一度、ビル沿いの道を北へ向かおうとした。話らしい話もしないまま歩きまわり、寄り道しようとゲームセンターに入ったのだ。


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