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第一話・焔 第三章・3



 『彰さんがそこに鵜飼さんや庭師さん以外の人を入れるのは、これが初めてなんで』

 シャワーに打たれる春樹の中で、成瀬の言葉が繰り返し再生されていた。
 何のつもりだ。高岡は今朝早くから他県での仕事だと言っていた。メモに書いた家を教えたいなら、自分で連れていけばいいものを。成瀬を夜明け近くに訪ねて合鍵を渡させるほど、急を要することなのだろうか。
「知るか。勝手にしろ!」
 陽は沈み、竹下に活けてもらった花も飾ったし、ハンバーグの鍋も温めるだけになっている。
 煩わしいことは考えるな。新田とふたりきりになれるのだ。余計なことは忘れろ。
 体を拭き、塗り薬を薄く塗ったガーゼを当てる。鏡を見ながら落ち着いてやれば、多少斜めになっても貼ることができた。服を着てファンデーションも塗る。
 取り繕うために化粧したりガーゼを当てたわけではない。
 きれいな姿で会いたかった。もう清い体ではない。嘘で塗り固めた生活をしている。
 見た目だけでも、新田にふさわしい存在になりたかった。


 胸の黒いモヤは、針の先で突いたほどのものだった。
 呼び鈴が鳴って新田を迎え入れた瞬間に、醜い点は跡形もなく消えた。
 玄関で新田に抱きつく。新田の手が春樹の二の腕をそっと抱き、視線が、そして唇が重なった。
「ん……!」
 一度キスをしたら離れられなくなった。唇を重ねながら共に寝室へ入る。
「修一、好き。修一だけが」
 互いにシャツのボタンを外し、想いを伝え、またキスをする。寝室の灯りは消しておいたため、暗さに慣れるまでは手探りで体に触れた。舌が唾液を動かす音、唇が離れるときの切なさ。短い時間で興奮する若いふたりの、荒い息に紛れる小さな声。
 すべてに酔っているとき、新田が耳もとでささやいた。
「ベッドに行きたい」
 春樹の心臓が大きく鳴った。また新田を突き飛ばしたりしないだろうか。
 頭の奥に潜む声が、ばかだなあと笑った。

  言うべきセリフを言って、さっさとそいつを安心させてやれ。楽しめよ。

 下衆な響きを追い払うために、新田にしがみついた。震える声を絞り出す。
「修一の……修一のものにして」
 心の底から言いたいと思っていた言葉だ。まだ腹の奥が痛いが、新田とひとつになるためなら耐えられる。
 新田の胴を抱いていた腕が勝手に上がっていく。春樹より太い首とベース型の顔を触り、自分から新田の口中に舌を入れた。深くて長いキスに、ふたりとも息が乱れた。
「だめ、だ。春樹。今夜は……だめだ」
 どうして、と言う前に唇をついばまれる。
「好きなんだ、俺も。愛してる。誰よりも好きだ」
「それなら、修一……!」
 手をとられ、ふたりでベッドに腰を下ろした。カーテン越しに入ってくる外の光が、新田の聡明な瞳を輝かせた。


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