Cufflinks
第一話・焔 第三章・3
自宅に入ってすぐに学習机の引き出しを開けた。ハンカチごとカフスボタンをつかみ、ゴミ箱に入れた。
が、入れた数秒後にはゴミ箱に手を突っ込み、カフスボタンだけを拾っていた。
椅子に座ってひたいを覆う。部屋の中で捨てようとするからだめなのだ。コンビニのゴミ箱にでも捨てればいい。善は急げと銀白色の装身具をひっつかむ。今度は椅子から立てなくなった。机にカフスボタンを投げ付けた。
「なんで……何でなんだ!」
白に近い銀の、紗がかかった面に三本の細い銀線がある。カフスボタンに詳しくないがシンプルなデザインだと思う。おそらくは普段使いのものなのだろう。高価であったり、思い入れがある品なら高岡も捜すはずだ。春樹に見なかったかと訊いてきても不思議ではない。
つまり、大切なものではないということだ。それなら捨てても問題はない。そう思うのに、体が脳の命令を拒む。
春樹は机に上半身を伏せ、指先で光る金属片を弾いた。転がって角度が変わり、カフスボタンの輝きが増した。
高岡はどうして、三浦の犬を奪ったりしたのだろう。
同情だろうか。ただでさえあんなに痩せているのだ、喉が潰されていると知り、高岡のような男でも心が動いたのかもしれない。しかしそれなら、佐伯に申し出て自分のものにするのではないのか────
『焔持ちに催淫剤か。やってくれたな』
リビングの電話機に仕掛けられた盗聴器を外した後、高岡が言った。闇を気圧す、動物みたいな目をした顔で。
「あいつ……高岡、仕返しする気で……?」
自分を見下す三浦は気に入らないだろうが、商品を騙して犯した三浦兄弟に、報復する気もあるのかもしれない。
三浦勇一には一矢を報いることができた。では次は……。
充電ホルダーから携帯電話を取り上げる。『T』の番号を表示させて、すぐに通話ボタンを押した。呼び出し音が鳴った回数は三十回を超えた。
「……何回鳴らしたか答えろ。話はそれからだ」
非常に低い、高岡の声がした。高岡を知らない人が聞いても、怒っているとわかる声だ。
「三十回までは数えました。大事な話なんです。聞いてください」
「三十八回だ。下らん話なら相応の罰をくれてやる。わかったら話せ」
「み、三浦勇次、様に仕返しするつもりなら、やめてください!」
電話が切られる気配がした。「もしもし」と「高岡さん」を交互に叫ぶ。小さな舌打ちの後、高岡の声がした。
「悪いものでも食べたか。俺が三浦兄弟の次男に仕返しする必要がどこにある」
「それ、それは、僕が催淫剤を打たれたから」
「それで? 何故俺が仕返ししなくてはならない」
あのとき怒った顔をしたではないか、という言葉は、声帯を通過できなかった。
「明日は早いし、まだ仕事がある。切るぞ」
「待って! 高岡さんにも、奴隷がいるんですよね? いるなら、その人たちを守ってあげてください。犬を奪われて三浦様は頭にきています。高岡さんの大切な人たちを傷付けるかもしれません。気をつけてあげて……!」
小さな電話機から聞こえたのは、うんざりしたような声だった。
「人のプライベートに首を突っ込む元気があるのはいいが、まずは自分のことだ。勉強して食べて早く寝ろ」
「テストは終わりました!」
「復習があるだろう」
素っ気なく電話が切れた。春樹も音をたてて携帯電話を閉じる。充電ホルダーにも、大きな音を響かせて置いた。
「お前のプライベートなんか興味ない! お前みたいな人種に、犬扱いされてる人が心配なだけだ!」
カフスボタンをつかんだ。今なら捨てられる。怒りにまかせろ。捨ててしまえ。
高く振り上げた手が動かない。
「もう……何なんだよ……」
拳のまま手を下ろし、下を向いた。
次のページへ