Cufflinks

第一話・焔 第三章・3



  いい……そこ、触って。もっと────────

 高岡の体が動いていないのに刺激が持続する。血が集まり続ける。
(! 嘘だ……!)
 春樹が目を見開くのと、高岡が笑った形の唇を離すのとが同時だった。数秒遅れて春樹の腰の動きがとまる。
 春樹は自分で腰を揺すっていたのだ。盛りのついたイヌのように、高岡の脚に股を押し当てて腰と尻を振っていた。
 顔から血の気が引いていく。
「行儀の悪い仔犬ちゃんだ」
 切れ長の目で春樹を見たままベッドから下りる高岡が、予想どおりの言葉を吐いた。
「来なきゃよかった、こんなとこ!」
 ベッドに突っ伏して枕に顔を埋める。焔は去り、あふれた涙が枕を汚した。高岡が立ちどまる気配がした。
「た、タンパク質がいいって、テレビで言ってたから。怪我を早く治すのに、動物性のタンパク質がいいから、ハンバーグ持ってきたのに……! 下がおさまったら帰るから、出てってください!」
 少しの間をおき、軽いスプリングの音がした。
 高岡がベッドに手をついて春樹の肩をつかむ。嫌がる春樹を仰向けにさせて見下ろしてきた。
「怪我とは、俺の怪我のことか」
 慣れ親しんでしまった手の甲が頬に触れる。うなずく春樹の涙が拭われ、口の横のアザに高岡の指先が触れた。
 キスの予感はなかったため、高岡を見た。狼に似た目は少しも動かないが、蔑む表情は消えていた。
「リビングに来い」
 事務的な口調で言うと、高岡は寝室の扉を開けた。扉の内側に片肘をついて、にやりと笑う。
「おさまるのを待てないようなら、自分で処理しろ。寝具と部屋は汚すな」
 処理という言葉で、春樹の顔に火がついた。掛け布団を胸まで引き上げる。
「そんなことしません! ちゃんとおさめます!」
 声をたてて笑う高岡が出ていく。高岡の足音が遠のいてから、枕を扉にぶつけた。
 あんな奴に陶酔する自分が心底嫌になる。あいつがプロで春樹に焔があるからとはいえ、あまりにひどい。
 来るんじゃなかった。竹下が作ったハンバーグを持ってきたりしなければよかった。
(でも……庭とシバザクラはきれいだった)
 シバザクラを見せておいたほうがいいとは、どういう意味だ。立派な庭に似合わない花をどうして植えた。寝泊りするだけの家の庭に。シバザクラは珍しい花ではない。見せたいならどこでもいいはずだ。
 この邸宅を自宅として使わないのも妙な話だと思う。ここは都心への通勤に困る距離でもないのに。
 ユリという高岡の母親はどこにいるのだ。死別ならば鵜飼夫人の声も暗くなるのではないだろうか。特別に懐かしむ雰囲気もなかった。
「ああもう! こんがらがるっ!」
 頭まで掛け布団を被り、狂犬への悪態を呪文のようにつぶやいた。語彙がなくなったら最初からやり直す。
 相手が誰でも反応してしまう愚かな肉体が静かになるまで、不気味なつぶやきを繰り返した。


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