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第一話・焔 第三章・3


「俺は少々機嫌が悪い。リビングを抜けたら叫び声が聞こえた。何事かと来てみればお前は寝ぼけて泣いている。立ち寄ったばかりで着替えてもいない俺が土産は何かと訊いても答えない。偉くなったものだな」
 脚を割られた。体が重ねられる。耳の後ろから首すじまで、ゆっくり匂いを嗅がれた。
「い……やだ」
 拒絶の言葉が湿っている。下半身の中心が脈打つ前兆もある。
「おねが、お願いです。やめてくだ、さ……!」
 鎖骨に高岡の唇が触れた。舌が下に向かって這い、奇妙な快感を生む箇所を舐め上げられる。春樹が新田を舐めたときとは違う、遠慮のカケラもない舐め方だ。
 いやらしく舐められ、春樹の体は変化した。粘り気のある吐息が漏れる。男の部分は若い反応を示した。鎖骨の少し下を強く吸われ、唇を噛んだ。高岡の指が春樹の唇に触れる。
「ここも商売道具だと言ったはずだ。仕事を続ける気があるなら噛むな」
 噛むのをやめると、親指で唇を撫でられた。片手間に指でなぞられるだけなのだが、閉じた目が開けられない。
 指ではない箇所が欲しくなる。無節操な欲求を否定する意味で、かぶりを振った。
「め……て、やめて、くださ……」
「やめてやってもいいが、まんざらでもなさそうに見えるぞ」
 あざけりを隠しもしない声も、気にしている場合ではなくなっていた。
 快感を訴えるときと同じ響きの声で、高岡の手を強く押さえて訴えた。
「キス……キスして……! 深く……!」
 応じると思って目を閉じたままでいたが、一向に唇の感触がしない。煙草の香りをまとう指が撫でるだけだ。
 薄く目を開く。冷たく微笑む高岡が、唇を触っていないほうの手で髪をすいてくる。
「的確な言葉があったように思うが。俺の記憶違いか?」
 泳ぎかけていた春樹の目が静止した。こいつはただの狂犬だ。雪原で仔狼を守った、勇気ある狼ではない。夢の中の気高い獣は、このような卑劣な真似はしない。
 それならそれでいい。この男が好む誘い方をするだけだ。
 両手を高岡の後頭部に回す。髪の間に指を入れると、ピローケースに求めた香りが広がった。
 動物みたいな瞳を見つめてから、目を閉じて言った。
「唇が……寂しい」
 高岡の唇が触れた。熱く、形も覚えた舌が唇の表面を静かに舐める。
 焦らすな、と、頭の奥で声がした。
 煙草の辛味があっても構わない。深いところで舌を絡めたいのに、高岡は応じない。上唇の内側をそっと舐め、上下の唇をついばむ。待っても探っても舌先しか与えようとしない。
「っふ……く」
 焔が忍び寄ってきたのがわかる。混乱を招く熱を伝えようと、腰をずらして高岡の脚に自分の股が当たるようにした。一度笑った高岡が、春樹の耳の後ろを吸った。
「ふか、深くして……!」
「お前が困ることにならないか」
「困るって、な、んっ、んんう!」
 重なる角度が変わり、舌が深く侵入してきた。高岡の後頭部をつかむ春樹の手が払われる。
「んうッ! ん! うう!」
 高岡の脚の付け根が春樹の股間に当たる。高岡のそこはまったく変化していない。
「う、ん…………」
 彫像のような腿の筋肉が、春樹の敏感なところを刺激する。


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