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第一話・焔 第三章・3
鵜飼夫人に案内されたところは、家屋の一番端にある洋間だった。さほど広くない。寝室として使っているとのことで、シングルベッドとクローゼットしかなかった。
寝室の一面は大きな窓で、窓の外側はウッドデッキが張り出している。庭から浮き上がらせた木の床の周りを、窓より大きな強化ガラスが覆っていた。寝室の窓よりわずかに高いところで終わるガラスはアーチ状の屋根になっており、陽射しを独占するサンルームになっていた。
うながされるままウッドデッキに乗った。少しもきしまず、きれいに掃除されている。
「あ……!」
塀の内側に半円を描く石垣があり、石垣からはみ出す勢いでシバザクラが咲いていた。
庭に下りなくてもサンルームの内側から可憐な花を眺められるようになっている。
日本庭園には似つかわしくない花を見るうちに、胸と胃の間が熱くなった。
石垣には、以前からあったような古さが感じられない。組んで日が浅いのだろうか。
「シバザクラ、好きなんですか? 高岡さん」
答えはわかっている。何かしゃべっていないと、胸と胃の間の熱が痛みに変わりそうだった。
「坊ちゃまは、お花はあまり。ユリさんがいらしたころは、このサンルームも鉢植えが多くありましたけれど」
「ユリさん……?」
「坊ちゃまのお母様ですよ」
目を細くしたまま鵜飼夫人が寝室を後にした。春樹はしばらくシバザクラを眺めていたが、寝室に入った。ベッドの脇で足がとまる。
そっと、本当に静かに、掛け布団をめくってみた。
カーテンが開けられている寝室は明るい。陽光を受けるベッドの、糊のきいたシーツに触れた。高岡の自宅にあったベッドと同じ手触りだった。
どうしてそうしたのだろう。わからないまま、ピローケースを嗅いでいた。
糊の香りに紛れて、いつもの高岡の香りがした。
横になるつもりなどなかった。大きな家の中で唯一知っているのが高岡の香りで、もう少し、あとちょっと……と、嗅いでいるうちにベッドに乗っていたのだ。乗ったら最後、緊張の糸が切れた体がベッドに沈むのは容易だった。
恐ろしい男の邸宅だ。こんな非礼が許されるはずもない。一昨日の夜は三十八回も高岡の携帯電話を鳴らしている。
昨夜は新田と和室で眠った。同じ布団で聞く新田の鼓動と寝息は、春樹から寝付きの良さを奪った。浅い眠りのまま朝を迎えた体を、さんさんと降り注ぐ日光が楽な道へと誘う。
最後のまばたきのときに見た白いシバザクラが、まぶたの裏に残った。
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