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第一話・焔 第三章・3
平屋建ての邸内は、外観とは大きく違うものだった。
だだっ広い玄関には応接間につながる扉と備え付けの靴箱以外、何もない。幅が広く長い廊下を曲がると広がるリビングは、五十畳だと鵜飼夫人は言った。リビングの奥には壁とカウンターで区切られたダイニングキッチンがある。高岡の自宅マンションと同じで、ダイニングテーブルはない。
リビングには非常に大きなソファがあるものの、やはりソファの前にテーブルはなかった。飲みものを飲んだり喫煙に使う程度の、小振りな補助テーブルのようなものしかない。
とにかく生活感がない家だった。絵画もなければ花瓶もない。ラグマットすらなかった。ソファと補助テーブルとテレビ。特別なオーディオ機器もない。テレビ下の棚には、洋書が数冊あるだけだ。
ソファに浅く腰掛ける。巨大なソファは落ち着かない。居住まいを正すうちに、視界が急に明るくなった。
吹き抜けになっている天井からは陽が射していたが、ソファの背面にあるロールスクリーンのカーテンが開けられたためだった。
思わずソファの背をつかみ、大きな窓の向こうを見る。
邸宅と同程度の広さがあるのではと思うほどの、立派な日本庭園が広がっている。丁寧に刈り込まれた庭木の緑が濃く、花を咲かせる木々が多い。所々に置石があり、今が盛りのツツジが見事だった。
「お花はお好きですか?」
鵜飼夫人の声がして、補助テーブルの上に湯呑みが置かれた。慌てて座り直す。
「好きですけど詳しくないです」
「この邸の庭は、和の庭園としては花が多うございます。坊ちゃまのお考えではないのですけれどね」
坊ちゃまと聞いて吹き出しそうになった。十中八九、高岡のことだろう。
「大変不躾でございますが、そちらのお品物は何でございましょう」
鵜飼夫人の視線をたどる。ソファの隅に置いた紙袋の口を、春樹はそっと閉じた。
「つまらないものです。食べものだから、できたら冷蔵庫に入れていただけると……中、見ないでほしいんです、恥ずかしいから……」
「かしこまりました。お帰りはいつか伺っておりませんので、入れておきましょう」
「すみません」
ダイニングキッチンから、冷蔵庫を開け閉めする音がかすかにする。耳を澄まさないと人のしていることがわからない家など初めてだった。
「洗い物はそのままで……ごゆっくりなさってくださいませ」
こんなに広い家に長居する気はない。施錠も鍵ひとつでできるのかわからないのに。
待ってと言おうとしたら、鵜飼夫人が振り向いた。目を細くして微笑む。
「忘れておりました。お可愛らしい方がいらしたら、サンルームにお通しするよう言いつかっておりましたのに」
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