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第一話・焔 第三章・2


 ソファは陽光であたたかくなっていた。雲ばかりの空なのに、太陽は春樹と新田に熱を届けている。
 消毒薬の臭いが漂う。脱脂綿に消毒薬をつけた新田が、傷を横から覗き込んで消毒した。丁寧に、沁みないようにしてくれている。脱脂綿とピンセットがローテーブルに置かれた。
「寒くないか? タオル、それだけで足りるか?」
 本当に訊きたいことは違うのだと、新田の心の声が伝わってきた。

 これは何の傷だ。誰にやられた。他に隠していることはないのか。

 ソファに座ったとき、新田は春樹の顔を至近距離で見た。初めて新田の目に射貫かれた。
 口の横に残る濃い紫色に気付いても、新田は怒鳴ったりしなかった。しばらく春樹を見つめてから、何かを飲み込むように目を閉じたのだ。
 疑問をすべて自分の内側にしまい、黙って傷の手当てをする。気遣いも忘れない。
 学生食堂で春樹を問い詰めたときより、新田は確実に大人に近づいていた。
(修一には……修一だけは、苦しめてはいけない)
 ガーゼがとめられる。春樹は昨夜同様Tシャツを着た。ガーゼをひっかけないよう、新田が裾を持ってくれる。
 ふたり向かい合って腰掛けた。新田がタオルを取り上げ、春樹の腕をそっと横にずらす。Tシャツの歪みを直すためだろう。
「病院、行ってるのか?」
 Tシャツを整えた新田が、春樹を見て言った。春樹の肩をつかむ手が熱い。
「今は行ってない。飲み薬もあるし、何とかなってるから」
「血が滲んでた。行かないとだめだ」
 唇を噛んで新田にしがみついた。肩をつかまれたまま、新田の胸に頬を押し付ける。
 これ以上新田の声を聞いたら、洗いざらいぶちまけてしまう。高岡のこと、父のこと、仕事のこと。三浦兄弟との、狂った夜のこと。
 頭が抱かれた。息を殺しての抱擁を邪魔したのは、最も隠すべき人物の登場だった。

「高岡さん」

 新田がそう呼んだ背の高い凶暴な男が、廊下の奥に立っていた。


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