Cufflinks

第一話・焔 第三章・2


 高岡が男の首すじに顔を寄せた。耳打ちされたのか、男が一度うなずく。
 三浦の鞭を少し短くしたような鞭を持ち、ベッドに対して斜に立つ。高岡が肘を少し曲げると同時に、照明がワントーン暗くなった。
 風切り音の後に、乾いた破裂音がした。鞭がベッドの端を打つ音だった。
 三回に一回、二回に一回……と、男を直接打つ回数が増える。男の口から悲鳴があがることはない。
 高岡の鞭には整然とした美しさがあった。派手に振り回さず、淡々と男の腿や胸を払っていく。
 鎖が鳴る音が大きい。吊るされているとはいっても、男の足の下にはつま先を乗せる板が付けられている。重力による苦痛はなさそうだし、鞭の打撃も痛そうではないのだが、男は悩ましげに身もだえ、頭を横に振った。
 少し強い破裂音がした後、鞭が一度とまる。
 男に近づいた高岡が、ベッドを右手と脚で押さえた。共演者を観客から隠すような立ち方はしない。鞭を後ろ手に持ったまま、男の顔を覗き込む。
 細い脚の間に鞭が差し入れられた。ベッドの下のほうから少しずつ、滑らかに上へとずらしていく。男が擦り合わせていた膝を開いた。開いた脚の間に高岡の膝が入る。
 いい子だ、とでもいうように、高岡は鞭の柄で男の顔を撫でた。撫でながら自分のネクタイを外す。
 切なそうな男の目を、高岡のネクタイが隠した。照明がもう一段階落とされる。
 スポットライトがベッドを照らした。高岡が男から離れる。鋭く風を切る音と、乾いた音が何度かした。
 舞台上のふたりは、鞭を通して会話をしているようにも見えた。
 胸より上には上がらなかった高岡の肘が、首のあたりまで上がった。短く高い風切り音がして、男の腿の外側が強く打たれた。男が大きく口を開ける。
 肉体的に達したようではなかったが、気持ちは高みを見たのだろう。男の赤い顔が下を向いた。
 高岡がベッドの周りを一周する。鞭を男に這わせたまま、自分の世界にいざなったときと同じ、靴音を響かせて歩く。
 再び男と相対したときには、鞭の先端は男のあごの下にあった。
 自分を打つ凶器に導かれ、男が顔を上げる。もう終わりなの、と、痩せた顔が訴えていた。高岡は鞭の先で男の頬をひと撫ですると、ベッドを押した。突き放すような押し方だった。
 檻の一部が横に滑り、細い鞭に代わって長い鞭を手にした高岡が檻の外に出る。
 猛獣使いが持つような鞭が高く振り上げられ、春樹の背筋が伸びた。
 長くて太い、頑丈そうな鞭が床に打ち下ろされる。日々の暮らしにはない音と振動が胸をえぐる。檻の外側の照明が赤いライトだけになった。
 しゃくりあげるほどに恐れた鞭が床を打っても、男は泣かなかった。いなくなってしまった高岡の気配を探しているようで、頭がせわしなく動く。
 黒い影と化した高岡の、目の光が怖いくらいに強い。
 男の頭部が静止した。目隠しされている顔が、正確に高岡のほうを向いている。
 高岡は檻に背を向け、舞台袖の少し手前でとまる。もう一度高々と上がって振り下ろされた鞭の衝撃は、床板を打ち抜きそうな迫力だった。
 男が手足をばたつかせた。鎖を鳴らして高岡の気を引こうとしているらしい。
 足もとめず、振り返ることもなく高岡が去った。スポットライトが絞られて男の顔だけを浮かび上がらせる。
 男の口もとはほころんでいた。頬にわずかに残る肉をひくつかせ、微笑んでうなずく。


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