Cufflinks
第一話・焔 第三章・2
「思いがけないところで会うね」
春樹とは縁遠い人たちが集う広間の、シャンデリアの灯りの下。垢抜けた男が立っていた。
高岡より少し背が低く、洋服がとても似合っている。春樹を初めて客として抱いた、猛禽類の目をした男だった。
「佐伯様!」
弾む自分の声に驚いた。佐伯は片目を細めて微笑む。眼光の強さと相反する笑顔が、ホテルでの焼きうどんを思い出させた。稲見が慌てて駆け寄ってくる。
「大変失礼いたしました。ご挨拶が遅れまして。ご予定では明日帰国されると」
揉み手をしそうな勢いの稲見に、佐伯は会釈を返した。
「高岡くんが出演すると伺ったものですから。トップバッターだそうですね」
「えっ、そうなんですか」
意外そうな声を出した稲見を、春樹と佐伯が見る。
「お恥ずかしい話ですが、今夜のチケットは同僚から分けてもらったものでして、はい」
「そうですか。よろしければ私の席にお掛けください。お車でいらしたのですか?」
会話を始めたふたりから少し離れる。広間の一角に視線が誘われた。大きいテーブルの周囲に人が集まっている。
その中で、頭ひとつ高い人物がいた。全身の血が凍る。痩せ気味で頬骨が高い、無駄な肉のない顔がある。
爬虫類を思わせる男、三浦勇一が楽しそうに笑っていた。
平静を装うつもりが、足が数歩下がった。春樹をその場に押しとどめたのは佐伯の言葉だった。
「おや。高岡くんは珍しい人物と話しているね」
三浦の向こうに高岡がいた。昼に着ていたものより数段高級そうで、より似合うスーツを着ている。
「席にソフトカクテルを運んでいただきましょう。この子を少しお借りしても?」
春樹の手が佐伯にとられた。稲見が承諾するのと、佐伯が稲見に案内係を付けるのとが同時だった。佐伯が会釈しただけで、稲見は舞台近くの席に誘導される。佐伯はこの店を懇意にしているのかもしれない。
「おいで。飲みものを選ぼう」
佐伯に触れる春樹の手が冷たい。情けない手が上へ引かれる。腕を組むことになり、佐伯の顔を見た。
「恥ずかしい?」
「い、いえ。あの、高岡さんと話してる人が珍しいって……」
「ああ、三浦氏が出入りするこの手の店は少なくてね。店を通さずに遊ばれるようだから。彼を知っているの?」
「いいえ」
意識しすぎて語調が強くなった。佐伯と目を合わせないよう、うつむいてついていく。
場内で流れていた音楽が途切れた。何気なく顔を上げる。
床まで届くテーブルクロスと、その上にある飲料や軽食、色鮮やかな花、そして、灰色の光る目がそこにあった。
高岡の右手に包帯がない。少しだけ見えた手の平に、肌色に馴染む絆創膏が貼られていた。
「お久しぶりです、佐伯様」
まず口を開いたのは高岡だった。春樹には一瞥もくれず、佐伯に深く頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は抜きだよ。トップバッターを務めるそうじゃないか。珍しいね。モデルは誰かな」
「私の犬ですよ」
三浦の声は、非道な扱いをした夜よりも明るくて高かった。佐伯が三浦を横目で見る。
「ご清栄のようで何よりですね。あなたの愛奴ならさぞかし舞台映えすることでしょう」
「出来の悪い犬です。記念となる日に高岡さんが引き受けてくださり、何とお礼を申し上げていいか。犬にとっても素晴らしい夜になるでしょう」
爬虫類男は春樹を見ても、我関せずといった様子だった。あのバカな犬か、とも思っていない顔だ。
動じないのは高岡も同じだ。三浦や、外国人とも気さくに談笑している。
携帯電話を取り返すためにさらなる条件でも出されていたのかと思ったが、考えすぎだったようだ。
従業員から声をかけられた高岡がうなずく。一礼して歓談の輪から離れ、舞台近くの扉に向かっていった。
「おかしなこともあるものだ。高岡くんがプロのモデル以外の者と組むとは」
佐伯がタカに似た目を細くしてつぶやく。高岡の名を口にしたのに、目は三浦を追っていた。
三浦は財界人と次々に挨拶し、薄い唇を吊り上げて笑っていた。
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