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第一話・焔 第三章・1


 都心から少し離れたところに三叉路があった。街灯が少ない。
 斜めに走る細い道沿いの雑居ビルの前で、壬の車は停まった。派手にタイヤを鳴らした直後の急ブレーキで、空き缶が飛ばされた音がした。
 春樹は後部座席で顔を引きつらせていた。片手でシートベルトをつかみ、もう一方の手は車内の天井部分を押し上げている。高岡が運転席の壬に顔を向けた。
「パートナーを乗せているときも、これと同じか」
「冗談。あいつの車も運転するんだよ? かすりでもしたら殺される」
「俺の車は置いてきて正解だったな」
 パートナーというのは、壬を援助している男のことだろう。たちの悪いサディストだと言っていた。
「ちょっと飛ばしちゃった。びっくりさせてごめんね」
 後部座席のドアが開き、壬の声がした。シートベルトを外す春樹に微笑みかける。
 壬の、右の手の平が赤くなっていた。本気で高岡を叩いたからだ。
 高岡を見てみる。車外に出て助手席のドアにもたれてはいるが、全体重をあずけている感じではなかった。
 右手の血は、車に乗り込んだ時点でとまっていた。今の高岡を見る限り、危険な状態からは脱したのだと思う。頬に色が戻っており、ビルを見る目にも光がある。春樹は壬に視線を戻した。
「あ……あの、ありが」
 くしゃっと笑う壬が、少し薄い唇の前で人差し指を立てた。
「また店に来てくれれば、それでいいよ」
 春樹が車から降りるとき、壬が通学鞄と紙袋を取ってくれた。荷物を春樹に手渡しながら、ささやくように言った。
「心配しなくていいからね。高岡はタフだから」
 言う人によっては春樹を責める言葉なのかもしれない。だが、壬の言葉は優しかった。
 壬は以前、高岡の調教を受けたことがある。高岡とは春樹よりも古い仲だ。高岡がひとりで刃物傷を負ったとは思っていないだろう。春樹の過失に気付きながら、許しているのだ。
 高岡の視線を感じた。眉をひそめて早くしろと急かしている。いつもの表情が、もう大丈夫だと言っているようだった。


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