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第一話・焔 第三章・1


 二日目のテストが終わった。
 高岡も苦手だったのか古典は五割程度、残りの教科は昨日と同じ、六、七割、山が当たっていた。
 気付いたらシバザクラが咲く石垣の前に来ていた。五月も半ばの今、花の付いていない箇所もできている。
 石垣の一番隅の、白い花の群れを見る。新田と植えた苗はすべて開花し、まだまだ元気だ。シバザクラ全部の、葉の下側がすっきりしている。この花は湿気を嫌う。蒸れると下から葉が枯れるんだ、と言いながら、新田が間引いていた姿がよみがえる。
 石垣に、春樹以外の人影が映った。
「お前と植えたのが、一番きれいだな」
 優しくて聡明な、大好きな人の声がした。黒いモヤは昨日からある。それでも春樹は、真っ直ぐ新田を見た。
「テスト、古典が難しかった」
「古典は俺もだめだ。勉強しても頭に入ってこない。駅まで一緒に歩かないか」
「はい」
 平静を装う返事とは裏腹に、心臓が大きく跳ねる。この鼓動を自分でとめていたら、新田はシバザクラの前でどんな顔をしていただろう。
 自転車通学の新田が駐輪場にいる間、春樹は空を仰いだ。快晴ではないが、昨日より晴れている時間が長い。朝から暖かく、微風が心地良かった。
「UFO、いるか?」
 目を見張って振り返った。自転車を押す新田が微笑んでいる。
 小さいころにUFOを探して空ばかり見ていたと、新田に話したことがある。両親の子である実感がなく、自分は地球人ではないと思っていた。いつかUFOが自分を連れにくるのではと思い、空を見て歩いたと。
 とりとめのない、夢とも現実ともつかない話を、新田は覚えていてくれたのだ。
「覚えててくれたの?」
「お前の言うことは忘れない」
 春樹の口の横には醜いアザがある。アザは昨日より少し濃くなった。ファンデーションを確かめる頻度も、昨日より増えていた。涙が化粧を流したりしないよう、腹の底に力を入れた。
「今日ね、お通夜があるんだ。家政婦さんのご家族が亡くなって」
 新田の自転車がとまった。こちらを向く顔が穏やかだった。
「心細くなったら、電話しろよ」
「修一……」
 これまでの新田なら励ます言葉を告げていたと思う。三度の食事を欠かすなと言ったかもしれない。自転車を挟んで歩く新田は、父親でも兄でも先輩でもない。春樹と同じ位置にいるのだ。
 駅ビルまで、話らしい話をせずに歩いた。そよ風がふたりの髪を同じ方向になびかせる。
 風上にいる新田から、日なたの匂いがした。
「修一、ありがとう」
 違う帰路へ向かわせる交差点に着いた。地面を蹴って自転車に乗る新田が、自然で無理のない笑顔を見せる。太陽みたいにまぶしくはない。
 腹の底に力を入れなくてもいいぞという、テレパシーが伝わる笑顔だった。


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