Cufflinks

第一話・焔 第三章・1


「死ななくて……よかった……」
 新田は真っ直ぐな男だ。春樹がおかしな死に方をすれば、いきどおりも疑問も悲しみも、すべて自分へ向けるだろう。
 痩せていく新田が、義務感だけに支えられて校庭を掃く。うつろな目で花の手入れをする。一緒に植えたシバザクラを見たら、春樹を憎むだろうか。
 トンカツ屋で働く春樹を想像できないように、春樹を憎む新田も想像できない。
 ホウキの柄から手を離した。スチール棚からぶら下がるカッターナイフや鋏が目に入った。添え木をするときなどに使う荷造りテープや縄を切るためのものだ。
 昨夜の乱暴なゲームが脳裏に浮かぶ。高岡と握った包丁の柄から、人を切るおぞましい感触が伝わった。
 床に広がる血に高岡の汗が落ちたとき、自分の愚かさを赤い鏡で見せられたようだった。
 包丁は肉体を切る。春樹の死は、新田の心を切る。
 浅い考えで新田を傷つけてしまうところだった。死んでしまったら、罪を償うこともできない。
 鞄を持って外に出る。唇を引き結び、校舎へと進む生徒に紛れ込む。
 黒いマスクを被って三浦に抱かれた、間抜けな男娼が廊下を歩く。森本と挨拶して、担任が来るまでの間、教科書と参考書を見た。高岡が山を張った箇所を確認する。
 ファンデーションが落ちないように祈りながら、始業のチャイムを待った。


 T大合格者が張った山は、六、七割当たっていた。高岡が丸印をつけた例題に似た問題は、霞がかかったような頭でも解くことができた。それ以外は自信がない。空欄にしてしまった問題もある。
 春樹は学生食堂に向かった。テスト期間中は食堂も休業するが、食堂の隣にある自販機コーナーは開いている。数人の談笑する生徒が出ていってから、紙パックのアイスミルクティーを買った。痛み止めを飲む。
 朝に飲んだのは抗生物質だけだった。鎮痛剤を飲むと眠くなると思い、今まで飲まずにいたのだ。
 錠剤を飲み、息をつく。背中が疼いている。三浦の鞭で乱打された傷が、テストの途中から強く痛むようになった。
 鞄を提げて自販機コーナーの戸口にもたれたとき、スリッパの音が近づいてきた。春樹のクラスの、副担任だった。
「丹羽。電話だぞ」
「電話……? 誰からですか」
「竹下さんとおっしゃる方だ。職員室に来なさい」


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