Cufflinks
第一話・焔 第二章・4
マンション最上階。三浦別邸であるペントハウスは広かった。
何十畳あるかわからないリビングの二面が、床から天井までの窓で囲われている。窓と壁が垂直に交わる辺りにグランドピアノ、入り口に近い側には個人宅用のバーカウンターがあった。
三浦がバーカウンター横にあるスイッチ盤に触れた。カウンター周辺と、リビングのほぼ中央にある数段の低い階段、階段の上にある巨大なベッド周りが、ことさら明るくなる。
「その袋は何だ。開けて中を見せろ」
春樹が抱えていた紙袋を三浦が指した。春樹は震える手で袋を開いた。
「中がわかるよう、袋をここに置け。頭の悪い仔犬だな」
袋の口を開けたまま、バーカウンターのスツールに乗せた。強調された照明に壬の服が照らし出される。
胃がキリキリと痛み始めた。
「あつらえむきに服か。今着ているものが多少ほころんでも、替えには困らんというわけだ」
三浦は言いながらカウンターの内側に入った。酒瓶が並ぶ飾り棚の上に手を伸ばす。
銀色のフックが支える物体を見て、春樹は口を手で覆った。
鞭が数本並んでいる。
一番端にある鞭が取られた。高岡が振るったものと形は似ていたが、長さが違う。三浦が手にしたもののほうが十センチは長い。八十センチほどはありそうだ。
三浦は両手で鞭をしならせた。手でさすり、暖めるようにしている。
次に手首のスナップをきかせて振りながら、カウンターから出てきた。
「もっとも、着替える意識が残っていればの話だが」
三浦はそう言い、鞭でスツールの下を打った。
バチッと音がして光が散る。床から伸びる金属の柄に反射する灯りが、吹き飛ばされたように見えた。
スツールを一回打つごとに鞭を手で暖め、また打つ。
それを何度か繰り返した後、唐突に床に向かって振り下ろした。
バーンという音が心臓をえぐる。カウンター下部の木の床は、打たれた瞬間白く光った。
三浦は片手をスツールに乗せていた。床を払う感じで、軽く打っただけに見える。
完全に体重をかけない状態で打って、この衝撃なのだ。
春樹の体は一気に強張り、スツールにしがみつきながら後ずさった。腰に力が入らない。
「ど、どういうこと……」
眼鏡に照明が反射した。三浦が鞭を振り上げる。
戸口に向かって逃げようとした次の瞬間、春樹の背中を熱が襲った。
バチィッと鳴る音も自分の悲鳴も、熱の後に認識した。
鞭が振られる風切り音もわからなかった。何もわからないうちに次の衝撃がくる。
悲鳴にならない、乾いた声と共に春樹はくずおれた。
三浦の鞭の洗礼は強烈だった。痩せた体なのに、高岡の罰とはまるで違う。
鞭の硬さも違った。高岡の鞭は、しなったまま体を打つ感覚があった。三浦の鞭は棒だ。硬い棒で殴られている。
今思えば、高岡は鞭の先端の、へら状のところを主に使って打っていた。脱衣所で振るわれたときだけは長い柄部分が打ち据えたとわかったが、今は最初の一撃から柄が当たっている。
服を着ているのに皮膚は火傷をしたようになり、骨がきしんだ。体の内部に響く痛みが尋常ではない。
転げたのか、這ったのかもわからない。
どう逃げたのかわからないが、春樹はリビング中央にある階段にたどり着いていた。
一定のリズムを保った音がする。上半身のすべてで息をする春樹が振り返る。
三浦が自分の肩や首を鞭で軽く叩いていた。怪訝な顔をしている。
「高岡に打たれているのではないのか」
答えようとしたが声が出ない。容赦なく硬い柄が春樹の腰に振り下ろされた。
女の子のような、はっきりとした悲鳴が飛び出した。
「どういう躾をされてきた。質問には即答しろ」
「うた、打たれたのは、一度だけです」
三浦が鼻で笑った。春樹の前に立ち、鞭の先を春樹のつむじに押し付けてくる。
「相変わらずの飯事調教か。あれでドル箱を世に出すから、不思議なものだ」
春樹の肩がぴくりとした。三浦を見上げる。
「ままごと……調教……?」
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