Cufflinks

第一話・焔 第二章・4


 リビングから音がする。電話の音のようだ。
 うとうとしかかったところで、八時半にもなっていない。
「留守録、設定してなかったっけ」
 リビングの電話は就寝前に留守番電話が応答するようにしていた。
 夜中に誰もいない部屋で電話に出るのは嫌だったし、春樹は寝ぼけて転ぶことがある。
 今夜はこんな時間に床に就いてしまったため、設定するのを忘れていたのだ。
 リビングの灯りをつけて受話器を取る。
 無言、というか、無音で切られた。
 春樹は首をひねりながら、留守番電話を設定した。大きなあくびが出る。一度眠りかけた体が、睡眠を求めていた。
 寝室に向かいがてら灯りを消そうとしたら、また電話が鳴った。
 灯りのスイッチに触れたまま、電話機を振り返る。
「……塔崎……?」
 春樹の首筋を、寒いものが走った。
 自宅住所を調べたなら、電話番号を知っていてもおかしくない。
 一度は帰ることを余儀なくされた塔崎が再度アプローチしてきても、不思議ではない。
 春樹は電話に構わず、玄関に走った。
 ロックを二重にする。ドアスコープからマンションの廊下を見る。玄関ドアに耳を押し当て、外の音を探る。
 マンションの廊下は静かだった。いつもと変わらない。
 留守番電話に切り替わる前に電話機の液晶画面を見た。公衆電話からだ。
 じっと立つ春樹の前で、留守番電話の応答メッセージが流れた。
 電話機の横についている音量調節つまみで、相手側の音を大きくしてみる。
 かすかに人の呼吸音のようなものが聞こえた。
 興奮している様子はない。静かに、普通に息をしている。
 車が通る音が大きい。車道に近い場所にある公衆電話なのだろうか。
 やはり何も言わずに、電話は切られた。
「いや……嫌だ……!」
 春樹はすべての部屋の灯りをつけた。
 一度寝室に入り、学習机からガムテープを出す。
 玄関ドアに備え付けられた、新聞受けの取り出し口をテープでふさいだ。
 トイレと浴室のルーバー窓も、窓を上げ下げするレバーをテープで固定した。
 脱衣所にある小窓は施錠しないことが多い。湿気対策のため、人がいるときは開けているからだ。
 大急ぎで小窓の鍵をかける。
 トイレの窓も浴室の窓も脱衣所の小さな窓も、人が通ることは不可能だ。慌てる必要はない。
 だが、たとえ指の一本でも、あのべとべとした気配を近づけたくはなかった。
 リビングからベランダにつながる窓、和室の飾り障子と、その向こうにあるサッシ窓、寝室の窓。
 最後に、キッチン脇の小窓も確認した。
 人の侵入が可能な窓には補助ロックがあるため、忘れずに施錠する。カーテンも閉めた。
 再び、リビングの電話がけたたましく鳴った。
「もしかして……修一?」
 携帯電話は、今は学習机の上だ。公衆電話からはつながらないようにしてある。
 新田が、自分からだとはわからないように電話している────?
(違う。修一は、そんな女女しいことはしない)
 数回の呼び出し音の後、春樹は自宅電話の受話器を取った。


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