Cufflinks
第一話・焔 第二章・4
スーパーの一階は煌々と輝いていた。
駐輪場を突っ切り、ファーストフード店専用の出入り口に向かう。
ガラス張りの店内の隅に、粥川の姿があった。
「粥川さん。いてくれたんですね」
ボックス席に座る粥川が、春樹を見てうなずいた。氷の入った飲料のコップを頬に当てている。
粥川の横には薬局の袋があった。顔や手に絆創膏が貼られている。消毒薬の臭いもしていた。
偶然とはいえ、私生活の隠したい部分を見られたのだ。稲見が休みのときには送迎で顔を合わせるかもしれない、十六歳の男娼に。できるだけ速く走ってきたが、帰ってしまってもおかしくないと思っていた。
春樹は粥川の向かいに腰を下ろした。
「本当に、病院行かなくていいんですか」
「大丈夫だよ。ハンカチ、ありがとう。洗って稲見に渡しておくから」
席を立とうとした粥川が、テーブルに手をついた。ひたいはまだ汗で濡れていた。
「行かないで。お願いです、何があったのか話してください」
粥川の目が、初めて優しいものではなくなった。恥部に土足で踏み込む男娼から顔をそむける。
「解決できる方法があるなら、手伝わせてください。水曜までって、失礼ですけど……お金のこと、ですよね」
粥川は下を向いて腰を下ろした。体を動かすと痛むのか、歯の間から息を吸う音がした。
少しの間視線をさ迷わせた粥川が、テーブルを見たまま話し始めた。
「……僕は大学進学と同時に上京した。卒業して間もなく父が倒れてね。父は昔気質で、保険に入っていなかった。かろうじて家は残ったけど、畑を失った。長患いになったから」
そこで言葉を切った粥川が、長い溜め息を漏らした。
「大きな会社に入っても、すぐ稼げるわけじゃない。きつかったよ。仕送りでね。つい……消費者金融に手を出した」
粥川はコップをひたいに当てた。目を閉じて言葉を続ける。
「最初のうちは、給料日に返してたんだけどね。味を占めてしまった。苦しくなると借りて、今では自転車操業だ。期日までに返すために、別のところで借りる。まともなところは貸さなくなるから、あんな風体の奴らに頼るはめになる。金策に走っていたところを、あいつらに見つかったんだよ」
信じられない思いで粥川の話を聞いた。これが社会での苦労なのか。
父の社は大企業だ。そこに勤める粥川が、借金で苦しんでいるなんて。
春樹は粥川が恥じ入らないよう、そっと袖口に触れた。
「水曜日、いくら返せばいいんですか? 二十……二十五万円くらいなら、お貸しすることができます」
塔崎からの二十万円は封筒に入ったままだ。壬の服は、社から渡される小遣いで支払いを済ませてある。その小遣いも四月までに使った残りだ。毎月の小遣いで使いきれない分は、ある程度貯まるまで寝室にしまっておく。そこから洋服代を出した。まだ使っていない分が五、六万あったはずだ。
粥川の顔は緊張していた。コップをテーブルに置く音が厳しい。
「火曜には別口の元本の返済がある。社に知られようが、もうどうしようもない。あなたが嫌な思いをして手にした報酬だ。大事にしなさい」
「社に……知られる……」
粥川が立ち上がった。スーツのジャケットを持ち、駐輪場に向かっていく。
春樹も駐輪場に出た。足を引きずって歩く粥川に追いつくのは容易だった。
「待って! 粥川さんだけです。僕がこんな仕事始めてから、僕のこと人間扱いしてくれたの。塔崎様のことでも助けてくれました。父の会社は冷たいです。社に知られずに済むなら、そのほうがいい。僕にできること、何かないですか?」
粥川は病に倒れた父を支えて頑張ってきたのだ。借金といっても、遊ぶための金ではない。
春樹の努力で何とかなるなら協力したい。
駐輪場の中央で粥川が立ちどまった。灯りが届かない闇に隠れて、表情がわからない。
「……ひとつ……だけ……いや、だめだ。できない」
「粥川さん! できることがあるなら、言ってください!」
春樹は粥川の前に回り、腕をつかんだ。勢いで服の袋が落ちる。
暗い中で、粥川の目は泳いでいるように見えた。話していいのか迷っている。
折目正しく優しい粥川に、話してみてと目で伝える。
粥川は苦しそうに、とつとつと、ある案を切り出した。
次のページへ