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第一話・焔 第二章・2
翌日、連休明けの図書室は混雑していた。
今朝から配達されるようになった新聞は、ダイニングテーブルに置いたままにしてきた。
身支度で慌ただしかったため、一面の一番大きな見出ししか見ていない。
新聞の横に『勉強のために新聞を取ることにしました』と書いたメモを置いてきた。
平日の午後には竹下が来る。疑念を持たれないためにメモを書いたのだ。
(本当にあいつは勝手なことばかりする)
なかなか新聞をとらない春樹に焦れて、社に提案をしたのは高岡だ。
心を動かさないようにと思っても、目の奥がカッとなるのは避けられない。
ホテルに来て春樹を助けたのは高岡なのだが、素直に感謝する気になれなかった。
伊勢原が使う部屋も遊びに要する時間も、社は把握していた。
春樹の退室が法外に遅ければ、稲見あたりが様子を見にくるのだろう。高岡の助けなど必要なかったのだ。
自習用の机はすべて埋まっていた。
「しょうがないや。テスト前だもんね」
春樹のようにテスト前になって慌てて自習スペースを求める生徒が、図書室に入っては出ていく。
自習室もあるが、ここと同じで飽和状態だった。
春樹はきのう、テスト勉強に本腰を入れた。
授業のノートだけはとっていたのでひととおり復習したのだが、どうにも自信がない。
問題集に取り組んでも、難しい問題になると問題の意味すらわからなくなる。
春樹のノートは教科書の簡易版だ。
教科書にも参考書にも書いてある公式を書き出し、色付きのペンで囲うだけである。
黒板やホワイトボードに書かれたことも、写すだけで精一杯だ。
自分で考えて勉強しろ、とは、よく聞く言葉だが、どうしたらいいのかわからない。
早くから予約をして自習用の机を確保した生徒は、全員賢く見えた。
ちらと見てみたが、難しい問題もすらすら解いている。
すっかり気後れした春樹は、書架に向かった。
園芸書の棚の前に立つ。四季の草花という本を取った。
シバザクラのページの、花言葉欄を見てみる。
臆病な心。
やはり、狂犬が言ったとおりの言葉が書いてある。
「はる……丹羽。ここにいたのか」
「新田先輩……!」
新田の顔を見ると、春樹の目はとろんとする。
今朝も校庭の掃除をしたので見ているし、学生食堂でもすれ違った。
新田は教室移動があったため急いでおり同席はかなわなかったが、短い会話を交わすことはできた。
数日会っていないだけでこんなにも寂しかったのかと思うと、自分でも呆れてしまう。
「急用がなければ用具倉庫に行っててくれ。補習用のプリントの手配したら、すぐに行くから」
クラス委員でもある新田は、もうひとりの生徒と何冊かの本を借りていった。
新田のクラスは国立大学なども狙う特進クラスなのだが、補習が多い。
借りていった本は補習用プリントを作成するための資料なのだろう。
公立校に比べるとこの学校は授業の進め方が速いが、特進クラスの担任は偏った授業を嫌っているという。
人としての総合力を培うために、多方面から自主的な学習に取り組むのだ。
ノートをとるだけで疲労を感じる春樹には、とてもできそうにない勉強だった。
新田が同級生らしき生徒の目を盗むようにして、小さく手を振った。春樹も同じようにした。
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