Cufflinks

第一話・焔 第二章・2


「き、た! 熱いよ、早く……! ねえ早くッ!」
 春樹は最も感じる角度で腰を振りたてた。高岡は自分からは腰を揺らしもしない。
 男の上に乗るなど、恥辱以外の何ものでもない。
 部屋は薄暗くて卑猥な言葉を言われてもいないが、焔がなければ逃げ出しそうな恥ずかしさだ。
 どういう体位でつながっているのか、春樹にも容易に想像できる。
 正座する高岡の上で、膝をついて脚をひろげている。腰の動きがとまらない。
 最初は怖かった硬い棒を楽しんでいる。高岡の体を使って遊んでいた。
 脊椎を往復していた炎が腹の奥に戻った。
 ボッ、というほどの勢いで燃え立ち、赤い火の粉を散らした。
「ああっ! いい……ああ、いいっ! も、っと! 早く! もっとしてっ!」
「お前はまだ、本当の焔を見ていない」
「な……に?」
 耳鳴りが始まった。声は少し遠くなったが貫く男は高岡だと、かろうじてわかる。
 早く、と叫びながら腰を動かす春樹の耳に、高岡の唇が押し当てられた。
「簡単に終われると思うな」
 高岡が腰を引いた。春樹の手を引き剥がす。
 穴を満たしていたものを抜き取り、春樹を仰向けにさせた。
「やめな……で……や、あああッ!」
 片脚を持たれるのと、二度目の挿入が同時だった。一気に割り進められる。
 持たれた片脚は担ぎ上げられ、もう一方の脚は高岡の向こう脛で上から押さえられた。
 担がれた脚側の尻の下に、高岡の内腿が密着した。腰をよじることもできない。
 下半身の自由がすべて奪われ、一番奥までつながった。結合が深い。
 待ったなしで再開された動きは激しかった。
 ゆるんだローションの湿った音の他に、肉がぶつかる音が聞こえる。
 炎は頑丈な鎖になり、春樹の腹や胸を幾重にも巻いた。
 吸い込む空気が熱波になった。汗が首筋を流れていく。
「あ……つ、い……!」
 勢力を増す焔に負け、涙がこぼれた。
 これはレイプなのだろうか。
 ひとり客をとった後とはいえ、準備をせずに始まったセックスだ。
 水は与えられたが、今の体には足りていない。
 楔(くさび)でも打ち込まれているような動きも初めてだった。
 深いところまで容赦なく攻められる度に、股関節の骨がきしんだ。上半身は炎の鎖が締め付ける。
 春樹の片脚を支えている高岡の胸や手の平も、春樹と同じくらいに熱くなっていた。
 涙と熱、経験したことのない動きで視界が乱れる。泣き声をあげながら高岡を見た。
 双眸の光がいつもより強い。薄闇の中で光る様は、野生的で非日常的だった。
「あ…………! ひ……っあ……!」
 高岡の熱くて汗ばんだ手が、担がれている春樹の脚を押さえた。
 膝の裏からふくらはぎを噛み、吸い、舌で舐め上げる。
 動物が骨から肉をこそげ取る姿に似ていた。
「底を見てこい」
 高岡が両手で春樹の片脚を抱え込んだ。
 膝の少し上と腿の付け根を押さえて、体重をかけて楔を打つ。
 荒々しく獰猛な動きは、捕らえた獲物を殺す前の残虐な遊びに思えた。

 突如、炎でできた鎖が下から引かれた。

 春樹の真下────ベッドの下、床の下なのかもしれない。
 下の方にある、知らない世界から何かの力が鎖を引いている。
 かなうことのない、機械みたいなエネルギーが鎖を巻き取っていく。
 上半身が鎖と共に引っ張られた。
 はるか下には黄金色に輝く溶鉱炉に似たものが、大きな口をあけている。
 春樹はがくがくとかぶりを振り、高岡の腕に触れようとした。
 強い力で払い除けられる。払われた手が偶然高岡の膝に落ち、夢中で爪をたてた。
「やめて!! あれに落とすの……?! 死んじゃう、死んじゃうよ!!」
 喉から血が出るようだった。
 助けを求めて許しを請い、高岡の名を絶叫しながら呼んだ。
 恐ろしい男は春樹を奈落に突き落とした。
 見えない鎖が、首や腕までも絡め取っていく。逆さ吊りで落ちる。
 高岡が片脚を抱えて離さないからか、しびれをきらした灼熱地獄が自ら迎えにきた。
 春樹ばかりか高岡までも捕まえそうな勢いだ。
 見張った春樹の目が見た高岡は、目をきつくとじて眉根を寄せていた。
 斜め下を向き、歯を喰いしばっているようだ。それでも春樹を壊すような動きは決してとめない。
 汗で濡れた前髪が束になっている。苦悶に満ちた顔をしていた。
「……に、げて」
 春樹は高岡の膝を手で押した。汗で滑っても押し続けた。
 針のように光る目が春樹を見る。
「逃げない」と、形のいい唇が動いた気がした。
「逃げてッ!! 殺される! 逃げて────────」
 肉体の感覚が消えた。
 桜の木の下で微笑む新田、遺影の母、手を包む笙子が通り過ぎていく。

  どうしたの? どこに行くの……?

 通り過ぎずに振り返ったのは、不敵な面構えで笑う高岡だった。


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