Cufflinks

第一話・焔 第二章・2


「怖い、怖いっ! 火が、あれが来る。怖いよ……!」
 高岡が体を離した。春樹の制服が次々に脱がされていく。
 いつの間にか自由になっていた左の手首からアンダーウエアが抜かれ、トランクスと靴下を残すだけになった。
「水を飲むか」
 春樹は忙しく首を縦に振った。上半身を起こす。暗がりの中で、高岡は自分の口に水を含んでいた。
 あごをとられる。口移しで水を与えられた。
「う……!」
 他人の口から水を飲まされる嫌悪感より、水の甘味のほうが上回った。
 春樹は喉を上下させて飲み下し、高岡にしがみついた。
「も、もっと」
 今度は高岡の口からではなかった。傾けられたペットボトルの飲み口が、春樹の唇にそっと触れる。
 春樹は自分から口をひらき、水を迎え入れた。
 春樹がふた口ほど飲むと高岡は水を取り上げ、ふたたび体を重ねてきた。
「ああ、う……」
 首に高岡の舌が這った。少しずつ上に、こぼれた水を舐めとりながら移動する。
「んん! んっ」
 水で冷やされた春樹の口に、慣れ親しんでしまった舌が入ってきた。
 高岡も水を含んでいたためだろう、いつもより生ぬるい。
 恋人同士の口づけではない。気力と理性を奪っていく、狂犬のキスだ。
 下半身の中心が跳ねた。下着の中に入った高岡の手と指が、春樹の若い棒をもてあそぶ。
「必要なものを渡せ」
 春樹の舌を噛みながら吸い終えた高岡が、息も乱さずにささやいた。
 春樹は荒い呼吸を整える間もなく、切り離した袋入りのコンドームを高岡に差し出す。
 次にローションを求めてベッドを探る。
 手首をつかまれたときに落としたのだが、どのあたりに落ちたのかわからない。
 コンドームの綴りは偶然指先に触れたのだ。
「枕の左隣にあるぞ、仔犬ちゃん」
 高岡の声にはお馴染みの嘲笑がある。
 盗み見てみると、コンドームの袋を歯で破っているところだった。
 器用に片手だけでゴム製品を袋から出し、微笑んだまま装着する。
 完全な暗闇ではないため、高岡の表情はわかる。端正だが、普段より『雄』という感じがした。
「見物する暇があるなら渡せ。痛い思いをしたいなら構わんが」
「はい……あっ」
 もう少しで届くはずだったのに、高岡に横取りされた。
 高岡が片手でチューブの蓋を跳ね上げる。にやつきながらベッドの中央に正座して、前髪を掻き上げた。
「俺に背を向けて膝立ちになれ」
 春樹はトランクスを脱ぎ、靴下に手をかけた。高岡に手を払われる。
 靴下は脱がなくていいと判断し、指示どおりの姿勢をとった。
「膝立ちのまま脚を広げ、ゆっくり腰を落とせ」
 怖々振り返る。高岡の中心に、ローションが糸を引いて垂れていた。
 商売道具だと豪語する男のものが天を向いている。
「あ、あの」
 逃げかけた腰を、高岡は指先だけで軽く押さえた。
 そのまま後ろに来いというように、指の腹にわずかな力が入る。
「嫌です……! 入れる前に……その」
「覚悟をしろと言ったはずだ。我慢できないようならすぐに言え」
 SMクラブ経営者である高岡は、春樹の願いを受け入れる気などさらさらないらしい。
 春樹は膝と膝の間を広げた。正座する高岡の両脚をまたぐように腰をかがめる。
 高岡の手が脇腹に添えられる。無言の誘導で、腰を下ろす角度を伝えてきている。
 後ろに向かって腰を下ろすのは難しい。ほぐしていない穴を晒すのも勇気がいった。
 春樹は膝立ちから少しかがんだだけで、それ以上動けなくなった。
「あてがってやるから、そのまま座り込むように下ろせ」
 高岡の先端が入り口に触れた。春樹は息を大きく吐く。
「ううっ! う、あ……!」
 鈍い痛みがあった。裂けてしまいそうな痛みではない。
 自分から迎え入れる行為は、腹や背中、脚などに余計な緊張を強いるようだ。
 体の強張りが痛みを増幅させている。
「う、いた、痛い」
 高岡は焦れて突き上げたりはしないが、無意識にでも逃げることは許さなかった。
 春樹の二の腕をつかみ、脇腹からも手を離さない。
 少しずつだが高岡のものを引き込んでいくと、喉の奥が熱くなってきた。
 干上がる感覚とは違う。腰を落とす度に、吐息に声が混じる。
 高岡に手を入れられてから犯された、ベッドの柵をつかんで腰を振っていたときの声に似ている。
「ああ、あ……は、あ」
 尻の肉が高岡の脚に触れた。すべて入ったのだ。
 腋の下から高岡の手が前に回された。肩を引き寄せられる。羽交い絞めのような格好だった。
「動いてみろ」
「でき、できません」
 高岡が耳の後ろを舐めてきた。
 腋の下を抱えたまま、ごく軽く、体を上に持ち上げる。
 春樹はそれをきっかけに、腰を斜め前に動かした。痛みはわずかになっていた。
 少しの動きで弱いところに高岡のものが当たるため、一度動かしたらとめられなくなった。
「あっ……あ! いや、嫌だ、こん……な……!」
「我慢できないか……?」
 うなじの上を噛む高岡に、本気の拒絶かどうかわからないはずもない。
 ささやく声から笑いが消えないのがいい証拠だ。
 浅かった動きが徐々に大きなものになる。
 何度か探るように振ってみると、一番弱いところが押し上げられる角度があった。
 その角度を保ちたいという欲求は、すぐに高岡に見抜かれた。
 腋の下を支える手に力が入り、上半身を緊張させなくても腰が動かせるようになった。
「い、い……っ、ここ……ここ、が」
 春樹の両手が宙を掻いた。すがるものが欲しい。
 最初に抱かれた夜のように、片方の後ろ手で高岡の頭をつかんだ。
 指の間に高岡の髪が入り、いつもの香りが立ちのぼった。
 芯をくすぶらせていた種火が光り、炎の渦が脊椎に沿って走り出した。


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