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第一話・焔 第二章・2


 全裸の高岡が窓の外を見ていた。春樹の寝室で灯りも消さず、服を着ているときと変わらない様子だ。
 春樹は寝室の入り口で立ちどまった。

 『契約条件に学業優先というのがあってね。高岡さんからの絶対的な条件だそうだ』

「あ、ありがとう……ございます」
 高岡が振り返った。片方の眉を上げ、いぶかしそうな目つきをしている。
「何に対しての礼だ」
「う、あの、稲見さんから聞きました。学業優先にしてくれた、って」
 こちらに向き直った高岡が、唇の端を上げた。
「通学中の商品を躾ける際の条件だが、改めて礼を言われるのも悪くないな。可愛い仔犬ちゃんとしては、どうやって感謝の意を行動で表してくれる?」
 狂犬に感謝などしたことを後悔しつつ、春樹は高岡に近づいていった。
 目をとじて背伸びをしたところで髪をつかまれる。
「今夜は少々きつい。覚悟をしろ」
「高岡さ……うう! ん……!」
 髪を引かれたままキスをされた。急な舌の侵入がない。このキスはしたことがある。
 高岡の自宅で、リビングのカウチソファの上で交わした。
 感情とは無関係に脱力させられる、官能的なキス。
 唇と舌が触れては離れる、恋人同士のようなキスだった。
「……ん、う」
 あの日と同じ、濡れた音をたててキスが終わった。
 高岡の肉食獣の瞳に、春樹の惚けた顔が映り込んでいた。
「使用するべきものを出したら、部屋の灯りを消せ」
 持っていたペットボトルを取り上げられる。
 冷たい水が入ったペットボトルを、高岡はベッド脇のミニキャビネットに置いた。春樹を見ながらカーテンを引く。
 春樹は学習机の引き出しから、コンドームとローションを出した。
 ベッドの宮棚に置こうとしたら両手首をつかまれた。仕事道具がベッドに落ちる。
「た、高岡さん! 灯り、あかりを」
「お前がぐずぐずしているからだ」
「だ、だめ」
 ベッドに押し倒されると思ったが、高岡は壁に春樹を押し付けた。
 右の手首が自由になった。手首から離した手で、春樹の腿から腰にかけて撫で上げてくる。
 春樹が右手で高岡の二の腕をつかむと、笑い声がした。
「何のために解放してやったと思っている。今夜も明るい部屋でされたいのか?」
「うう……」
 春樹は高岡の二の腕をつかんでいた手を伸ばし、電灯のスイッチを押した。
 寝室にはカーテンを通した外の光が、わずかに射し込むだけになった。
「たか、高岡さ……手が痛いです」
 高岡が左手首をつかむ力は強く、体への愛撫も性急な感じがした。
 つかまれた手首はそのままで、制服のネクタイを軽く引かれる。
 もつれるようにして、ふたり共ベッドに倒れ込んだ。
「ま、待ってくださ」
「きついと言ったはずだ」
「やめて、お願……あっ!」
 服地の上から男の部分を刺激された。たちまちのうちに血が下へ移動する。
 穏やかだったとはいえ、今夜は塔崎と寝ている。
 焔に巻かれることはなかったが、体の深いところには種火のようなものがあるのだ。
 プロである高岡にかかれば着火するのは容易い。
 熱波にのまれる恐怖が、春樹を小さな混乱に陥れた。


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