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第一話・焔 第二章・2


「塔崎様……これ、は……?」
 塔崎は、脱衣所扉のすぐ前に立っていた。
 大きな花束を持っている。顔の汗も拭わずに、おずおずと春樹に手渡してきた。
「ごめんね。嫌いにならないで。どうか受け取って」
「注文、してくださったんですか? 今……?」
「邪魔になるようなら、稲見さんに処分してもらっていいからね」
「そんな、そんなことしません。ありがとうございます」
 オレンジ色をベースにした花束は、両手で抱えてやっと持てるほどの大きさだった。
 この大きさで、きょうは記念日でもない。竹下への説明に悩む。
 現実的には嬉しい贈り物ではなかったが、明るい色の花々は春樹の頬をほのかに染めた。
「あ、カードが……」
 花束に封筒が差し込まれている。「見て」と塔崎が言うので、一礼して中を見た。
 封筒の中にはメッセージカードではなく、現金が入っていた。
 新札で二十万円あった。
「こ、困ります! こんな大金」
「本当ならきみと晩御飯でも、というところだけれど、きみの体を自由にして、時間まで奪っては悪いから。これで好きなものを食べてね。また会ってくれるかな……?」
「は、はい」
 塔崎は春樹の手を取り、甲に唇を寄せた。
 稲見は受け取っていいと言ったが、二十万という金額は春樹を戸惑わせた。
 塔崎のべとっとした声が、春樹の耳もとでした。
「きみは僕の理想だ。可愛いよ……好きになっちゃった……必ずまた会ってね、ハルキくん」
 首筋が粟立ちかけた。花束で見えないように隠し、抱きしめられる。
 小さくあけられたドアから出てエレベーターホールに着くと、安堵の溜め息が出た。
 担当従業員が音もなく忍び寄ってきた。
 花束を預かろうかと申し出られたが、形式的なものだと判断し、丁重に断る。
 稲見の待つ駐車場に向かう間、溜め息をついた回数は十回近くになった。


「二十万? 二十万円の現金をいただいたのかい?」
「あ……はい。やっぱり、だめですよね……」
 後部座席、自分の隣に置いた巨大な花束もだが、二十万円の現金は稲見に大きな声を出させた。
 幾らまでが小遣いなのか判断できずに受け取ってしまったが、できれば稲見に処分を決めてもらいたい。
「あ、あの、困ってるんです。僕はお金の管理、まるっきりわかりませんし、家政婦さんが来るからこんな大きな花束も、何て説明したらいいのか……」
「いただいておきなさい。塔崎様が花を贈ることは珍しくないが、初めての子に二十万のチップは今までになかった。なに、金は使えばすぐだよ。花は捨てればいい」
「す、捨てるんですか?」
「たかが花だよ。何を気にすることが? きみは案外やるね。あのお方はね、我が社のメインバンクの関係者だ。社に報告するのが楽しみだよ」
 春樹はオレンジ色の花束を見た。
 最悪捨てることも考えてはいたが、切花であっても生きていると思うと迷いが生じる。
 後ろへ流れていくネオンや街灯が、美しく感じられない。
 早くひとりになりたかった。


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