Cufflinks

第一話・焔 第二章・2


 言葉こそべとべとしていたが、塔崎は比較的自由にさせてくれる客だと判明した。
 制服や鞄に触れられたくない。体を晒すのに個人情報を守るのも変な話だが、最低でも携帯電話は死守したい。
 鞄を抱えてうつむく春樹の様子で察したのか、
「バスルームの脱衣カゴが移動できるから、服を入れて好きなところに持っていっていいからね。この部屋のバスルームは広くて色々あるから、ゆっくりしておいで」
 と、塔崎は言ったのだ。
 事実、脱衣所には二段重ねの立派なカゴがあった。持ち運びのための取っ手もついている。
 大きなカゴでビニール袋もついているため、鞄も制服も靴も入れることができた。
 脱衣所の扉は内側から鍵がかけられるようになっていた。
 トイレと洗面台、シャワー、浴槽が、脱衣所からひと続きになっている。
 脱衣所の鍵をかければ、ホテルの部屋の中での個室になった。
 ポールハンガーや土足用の足拭きマットもあるため、身支度がすべて済ませられる。
 簡易洗濯機や乾燥機もあった。シャワーブースと浴槽はガラス張りだったが、客室からは見られない。
 小さいが液晶テレビもあり、DVDも見られるようになっている。
 春樹はシャワーだけで体を流した。私物を入れた脱衣カゴを持ち、バスローブを着て客室に入った。


 ベッドの中での塔崎は『普通』の見本のようだった。
 ラベンダーのアロマオイルで春樹の手を愛撫し、部屋も暗くして、静かに最後まで終えた。
 後ろの穴のほぐし方も優しく、ローションを惜しみなく使ったセックスは肉体的に楽だった。コンドームも使用した。
 体位だけは四つ這いになった春樹を後ろから貫くものだったが、乱暴でも執拗でもなかった。
 キスはせず、口での奉仕も、手で触ることもさせようとしなかった。
 ロビーにいたときや制服ショーで連呼した「可愛い」も、行為の最中はそれほど口にしなかった。
 達した後に少しだけ添い寝のようなことをさせられた。
 その際に耳もとで「きみは本当に可愛いね」と言われたが、どこも粟立つことはなかった。
 春樹はシャワーの湯をとめた。
 湯気の残るシャワーブースで、壁にもたれる。
 塔崎とつながっても、焔はくすぶっただけで去っていった。
 どういうセックスが淡白なのかまだよくわからなかったが、今回はおそらく淡白な部類に入ると思う。
 高岡や須堂、佐伯とは違い、塔崎は春樹の弱いところをすぐには見つけられなかった。
 見つけられなかったが、自己本位の行為に及ぶことはなかった。指での愛撫で、わかるまで何度も確認した。
 確認してからの挿入時、春樹は確かに声をあげた。
 快感はあった。夢中になった瞬間もあった。物理的な刺激には勝てない。
 抱かれているときに、塔崎の名を呼びもした。
 セックスは紳士的だったのに、強い虚無感に襲われている。
 制服を着て髪をすく。春樹の表情には、あたたかみがない。
 生理的にだめだと思った塔崎への嫌悪が、まだ続いているのだろうか。
 頬を軽く叩く。暗い顔色を修正しなくては。脱衣所の扉の向こうには、客である塔崎がいるのだ。


次のページへ