Cufflinks
第一話・焔 第二章・2
塔崎は部屋に入ると春樹から距離をおいた。
すぐに抱きしめるでもなく、目の前で服を脱げとも言わない。
オットマン付きのリクライニングソファやベッドにも腰を下ろさず、ライティングデスク用の椅子に座った。
ネクタイもゆるめず、春樹を穴があくほど見つめる。数分間は見られるだけの状態が続いた。
「可愛い子だね……こっちに来て。あ、鞄も持ったままでね」
「はい……」
通学用の鞄には携帯電話や手帳、財布も入っている。少しでも早く塔崎の目につかないところにしまいたい。
この男は何なのだろう。鞄や制服も含めて少年が好きなのだろうか。
「きみの学校、わかっちゃった。私立高校で、敷地の広いところだよね。大きな桜の木があって……旧校舎は、まだあるのかな。校風がいいんだよね、あそこは。悪い子がいないんだ。鞄を肩からかけて、そこに立ってみて」
口の中が酸っぱくなったが、言うとおりにする。色香はあえて意識しない。
恥ずかしがって案山子のように突っ立ったほうが、塔崎は満足するような気がした。
「いいね……可愛いよ。学校指定の鞄じゃないんだね。ハルキくんは小柄だから、今のバッグのほうが似合うね」
学校指定の鞄もあるが、春樹は軽いナイロン製の、市販のスクールバッグを使っている。
指定鞄は校章入りで大きく重いため、使う生徒は多くない。
制服マニアらしい塔崎は校章などなくても校名がわかるのだろうが、指定鞄ではなくてよかったと、心底から思った。
「じゃあ、そのソファに座って」
リクライニングソファに腰を下ろす。塔崎が汗を拭きながら近づいてきた。
「ごめんね。ボタンを外して、ネクタイに触るだけだからね」
この意味のない謝罪も嫌だ。
金で買っておいて軽々しく謝られると、自分がより価値のない存在に思えてくる。
「若い子のネクタイ姿はいいね。ああ……きれいな肌だ。可愛いよ……」
塔崎はブレザーの前をあけ、ネクタイを抜き取り、シャツのボタンを腹まで外しただけだ。
アンダーウエアもまくらない。下半身には一切触れてこないし、手も握らない。
きれいと言うだけで肌にも触れない。キスもしない。
それなのに、玩具にされていると感じる。感情の出口がふさがれていく。
泣きたくなってきた。
「どうしたの? 怖くなっちゃった?」
春樹の顔色が良くないことに気付いたのか、塔崎が顔を覗き込んできた。
「怖くは……ありません。塔崎様、どうか怒らないでください。僕、触れていただかないと、だめなんです。ロビーでは恥ずかしくて手を引いてしまったけど、寂しくて……どうにかなりそうなんです」
塔崎からわずかに視線を逸らし、吐息に乗せて言ってみた。
どう転ぶか見当もつかなかったが、この男は生理的に受け付けられない。
一分一秒でも早い解放が欲しかった。
「そうなの……悪かったね、ごめんね。こんなに可愛い子を寂しくさせるなんて、だめだよね。シャワーを浴びておいで。お風呂にしてもいいからね……待ってるから」
ソファから離れるときに手を撫でられた。腕が粟立ってしまい、先が思いやられる。
感じると粟立つ体質だ、とでも言わなければならないのかもしれない。
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