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第一話・焔 第二章・2


 今夜のホテルは、須堂が利用したホテルのグループホテルだった。
 ロビーに足を踏み入れたところで、従業員から声をかけられる。
 春樹は制服姿で、外はネオンが灯り始める時間だ。利用目的を訊かれるかもしれない。思わず身構える。
「あ、その子はいいんですよ。僕のお友達です」
 小柄な中年男が歩み寄ってきた。
 不潔ではないが、垢抜けてもいない。ハンカチで汗を拭いて、顔を赤らめている。
 五十歳くらいで、身長は春樹より数センチしか高くない。百六十五センチに満たないだろう。
 十代にしか見えない春樹を「お友達」と呼ぶことに気持ち悪さを感じたが、今さら逃げ帰るわけにもいかない。
「ごめんね。このホテルは丁寧すぎて……担当のコンシェルジュがつくんです。きみらしき子が来ても声をかけないように頼んだのだけれど、行き違いになっちゃったね。ごめんね、気を悪くしないでね」
「いえ、その……大丈夫、です」
 この客は何となく不気味だ。
 スーツも靴も上質なものだし穏やかそうな男なのだが、会話を続けようという気がしなくなる。
「あ、こっちに来て。可愛いね……制服と顔、よく見せて」
 背中が粟立ってきた。佐伯とも伊勢原とも違う。
 この男は、言葉がべとべとしている。
 黒のスーツ姿の担当従業員が、客と春樹を案内する。ロビーの奥まったところに通された。
 このロビーはソファが一対ごとに衝立(ついたて)で仕切られている。
 適度に目隠しされたスペースに着くなり、客は春樹の手を握ってきた。
「ほっそりした手だね……僕の好みだよ。少し荒れてるね。どうしたのかな。あ、僕は塔崎です。きみはハルキくん?」
「はい……あの、手は、少し雑草をむしったりしまして」
「学校の活動なのかな。制服、よく似合うね。可愛いなあ……後で手にアロマオイルを塗ってあげるからね。こんなに可愛い子が来るとは思ってなかった。嬉しいよ」
 もう限界だ。気色が悪い。このままでは、撫でさすられている手まで粟立つ。
 春樹は目をつぶって手を引いた。塔崎の手が、びくりと震えた。
「ごめんなさい。僕、だめなんです。手が、手が、弱くて」
 いくら衝立があるとはいえ、ロビーで触られるのも不快だった。
 担当従業員は見ていないようで見ているし、可愛いと言われるたびに、だれかに聞かれるのではと怖くなる。
 塔崎は意外なことに、ぎこちなくだが笑っていた。ハンカチで顔をしきりに拭う。
「そう……手が、感じちゃうんだ……じゃあ、お部屋に行こうか」
 ソファから立ったら、腿の裏も粟立っていた。この男は嫌だ。寝たくない。
(だめだ。客を選べる立場じゃない。しっかりしろ。耐えろ)
 春樹は担当従業員と塔崎の後について、とぼとぼと歩いた。


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