Cufflinks
第一話・焔 第二章・1
『高岡くんも勝負好きだ』
あれはどういう意味なのだろう。
春樹の躾を、高岡は断ることもできたのだろうか。
高岡は売れないと踏んだら引き受けないと、須堂も言っていた。
功名心のためだ。それしか考えられない。
難しい焔持ちを躾けたのは俺様だと、自慢したいのだ。
人の肉体を利用して名をあげる。あいつに似合いそうな仕事の仕方だ。
「くそ。野蛮人め。消えろ!」
指先に力が入り、消すはずの番号に発信してしまった。
「え……? ええっ?!」
もう遅い。手の平が汗ばんでくる。眠気も覚めた。
高岡は以前、自分の携帯電話について何か言っていた。
何だった? 留守番電話がどうとか言っていた。留守番電話に吹き込め? 違う。何だった……?!
「かける相手が違う」
二十回以上は鳴ったと思う呼び出し音の後、低い声がそう言った。
「仕事が終了しての報告なら社へ、寂しいなら新田だ」
「そ、そうですね。切ります」
「待て」
携帯電話を持ち直す。はい、と答えた声がうわずった。
「今夜の客はだれだった」
「あの……佐伯様です」
「電話で助かったな。面と向かっていたら、可愛い鞭どころでは済まないぞ。死んでも客の名は口にするな。俺にでもだ。わかったか」
「はっ、はいっ」
「忘れているようなのでもう一度だけ言う。この電話は留守番電話にならない。こんなに鳴らすな。次はないぞ」
「はい……」
留守番電話になるようにすればいいものを。
高岡が電話を切るのを待ったが、まだつながっている。どうしろというのだ。
「あ、あの」
「夕飯は」
「え」
「いい加減に何度も言わせる癖を改めろ。夕飯は。食べたのか」
「まだ、まだです」
「では早く食べて寝ろ」
ようやく切れた。
仕事中だったのか、苛立ちを隠しもしない声だった。
「ばかやろ! かけたくてかけたんじゃない! 間違えただけだっ!」
春樹は携帯電話をベッドに叩きつけた。小さな通信機器が、理不尽な暴力に抗議するように跳ねた。
携帯電話を充電用のホルダーに置き、仰向けになる。
春樹は自分の生活費が幾らなのか知らない。食費、光熱費、学費も細かくはわからない。
学校で必要な教材があれば竹下に告げると、翌日か、週明けには現金が用意された。振り込めと言われれば、やはり同じように振り込まれていた。
すべて竹下を通して父が行ってきたことだ。そのため、春樹は一度も銀行の窓口やATMを利用したことがない。自分の口座があるのか、あってもどこの銀行にあるのかわからない。
欲しいものがあれば竹下に告げる。何も欲しくなくても、月の初めには数万円が手渡された。
お金は大切にねと竹下に言われ、小さなころは紙幣を宝物入れに入れていた。
携帯電話の料金プランも、電話機の価格も知らない。
頻繁な機種変更はしなかったが、替えたいと言えば理由も訊かずに応じてくれた。
父は春樹を可愛いと思ってくれていると信じていた。
春樹の目尻から、男娼になって初めての涙が落ちた。
次のページへ