Cufflinks
第一話・焔 第二章・1
荒い呼吸がしている。
空気が酒臭い。苦しい。肩が痛い。肘と手首も痛い。気持ち悪い。
春樹の目がひらいた。嫌だという感情だけがあった。
「い……や……」
伊勢原の丸い目がぎょろりと下を向く。腫れたような醜い唇が、笑みで歪んだ。
「見かけはしょっぱいガキだが、穴ん中はなかなかいいな。よがってみろよ」
大きく割り広げられた両脚の間に、太い体がめり込んでいる。
担ぎ上げられるでもなく、腰の下を支えるものもない。男の体には無理のある体位に思えた。
後ろ手に縛られて仰向けで犯されているので、肩から先の骨がきしむ。中途半端に浮いた腰にも痛みが走っていた。胃の中が煮えたようになっている。股関節も痛むし頭痛もする。
痛いところばかりで、春樹の後ろを貫くものの感触になど集中できない。
「いたっ……痛い。こんなふうにしないで……」
「そうか、おれのはでかくて痛いか」
「痛……! いた、い。やめて、ひどいことしないで」
伊勢原は笑いながら激しく打ち込んできた。
感覚が散っていたためにわからなかったが、伊勢原のものは確かに大きかった。
体位のためなのか根元までは入らないようだが、立派で猛々しいのは間違いない。
突かれる度に息がつまる。それにとても熱い。熱さが直に伝わってくる。
春樹は目を大きくひらいた。伊勢原の顔を凝視する。
伊勢原は唇を唾液で光らせ、目をとじて鼻と口から息を吐いていた。
抜き差しされているものを見ようとするが、伊勢原の腹で見えない。穴を数回締めて確かめてみる。
知っている感触がない。
客と春樹とを隔てる、薄い膜がなかった。
「お……! いいぞ、いい締まりだ。おチビちゃん、このままケツに力入れてろよ」
「やめてっ! コンドームなしで、するなん、て……あっ! いや! やめて!!」
伊勢原が顔を上気させてのけぞる。春樹の体内に、熱い液体がほとばしった。
「ひど、ひどい……」
春樹の声が震えた。
焔は気配もみせなかったが、春樹の脳は怒りと恐怖、混乱で収拾がつかなくなっていた。
「ガキの割にはいい体だ。気が向いたらまた買ってやる」
伊勢原が服を着る。恰幅のいいスーツ姿は、やり手の青年実業家といった風情だ。
重そうな腕時計をはめて扉に向かう。
染みだらけの天井に目を移した春樹が息をのんだ。伊勢原に叫ぶ。
「ま、待って! ほどいてください、帯を解いて!」
ネクタイの歪みを正しながら、伊勢原が春樹を見た。赤ら顔の仁王は冷ややかな目をしていた。
「色気もへったくれもねえガキを寄越されて、コケにされたのはこっちのほうだ。商談を検討する気になっただけ、有難いと思うんだな」
「待って、待ってください! 行かないで!」
部屋の扉がしめられた。何度か叫んでも、だれも来る様子はなかった。
「う……!」
強烈な吐き気がする。横を向いて吐こうとするが、不自然な体勢でうまく吐けない。
唾液が出たのでシーツで顔をこすった。信じ難いものが目に入った。
こすったシーツに陰毛が付いている。伊勢原のものに違いない。
アルコールで意識のない春樹の口が使われたのだ。
暴力を受けて出血した口に、自分勝手な欲望を突き入れられたのだ。
「あ、の、あの男……! あの男……ッ!!」
春樹は勢いをつけて体をねじった。脚を横に向けて振り、反動で床に落ちる。
そのまま扉に向かって這っていこうとしたが、一メートルも進まずに動きをとめた。
この姿でホテルの廊下に出て、どうするつもりだ。通報されて保護されて、それでどうなる?
退学。新田に会えない。
春樹は膝をついた。膝立ちで歩き、受話器を顔で外した。尖らせた唇で電話機のボタンを押す。
覚えている番号はふたつしかない。
ひとつは自宅の番号で、もうひとつは────
床に落とした受話器に耳を近付ける。何も音がしていない。
故障なのかと泣きそうになった。
このままではホテルの従業員に発見される。春樹はかすんでくる目を必死に動かした。
電話機の向こうに、ラミネート加工されたパンフレットがある。口で咥え、ベッドの上に放る。
あごと唇でページをめくると、電話の使い方が書かれていた。
唇で電話機のフックを押した。続けて、パンフレットに書かれた方法で番号を押していく。
受話器の音を聞く。呼び出し音がしている。
春樹は床に横になった。強い眠気に襲われる。頭が痛い。目をあいていられない。
「高岡です」
警戒しているような、低い声がした。
「……こ、なに、鳴らして……ごめん……なさい」
「春樹……? 春樹なのか? どうした」
「たす、けて……」
床のカーペットが大きく揺れた。涙が声をつまらせる。
「何があった。どこにいる」
「縛られ、て、動けな……ごめ……なさ、味噌っかすで、ごめん、なさ」
「そこはどこだ。ホテルならホテル名と部屋番号を言え」
要求された情報を何とか伝える。
青いカーペットの上の白い受話器が、春樹のまぶたの裏に残った。
< 第二章・2へ続く >
【 あとがき 】
読んでいただき、ありがとうございました!
続きは第2章・2のupまでお待ちください。
更新は月に1、2度と亀さんですが、upしたもの自体は
第一稿から割り振ったものより、先に進んでいます。
このまま順調に入力できれば、もう少しエピソードを
増やせるかもしれません。没原稿が復活することは
ないと思いますが、春樹と新田のいちゃいちゃが
もっと書けるといいなあと思っております。
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