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第一話・焔 第一章・4


 店の裏側が中庭の終わりだった。芝生が途切れて、レンガ調に舗装されたスペースだけになっている。
 二辺の塀と店の壁で囲われた空間に、傘のついた木製のテーブルと椅子があった。
「座って。ミルクティーでいい?」
「え、はい。あの……」
「高岡からは何も聞いてないよ。僕の勘。冷たいのにしたけど、よかったかな」
 春樹はうなずきながら腰かけた。屋外にある椅子はガタつくものだが、この椅子はかたりともしなかった。
「おいしい」
 ミルクティーは春樹の好きな飲み物だった。学生食堂でもよく飲むし、外食の際は必ずといっていいほど口にする。
 店員が用意したアイスミルクティーはいい香りで、味も良かった。
「お尻、痛くない?」
 春樹は少し咳き込んだ。店員がおしぼりを渡してくれる。
「昨夜フィストしたってことだけは聞いてる。きみの名前も、事情も聞かない。きみも言わないでね。聞くと情が移るから。あ、僕は壬和幸(ミズノエ カズユキ)。服、気に入ってくれたかな」
「ふ、服はほんとに……ありがとうございます。あの、フィストって」
 壬は数回まばたきをした。睨むように店内を見る。窓の向こうに高岡の後ろ姿があった。
「高岡の悪い癖。商品が相手だと、言葉に労力をかけない。フィストは、要は手を入れることだよ」
 体の芯に残る鈍い痛みが、気持ち強くなった気がした。春樹はストローから手を離した。
「どうしてあんなひどいこと……何も悪いことしてないのに」
「あれは罰じゃないから。まさか高岡、何も説明してないの?」
「拷問部屋……寝室の隣の部屋でされたけど、目隠しするか選べって言われただけで、何も……」
「ちょっとそれはひどいね。聞いたからって商品にとっては何も変わらないけどさ」
 壬は再度店内を睨んだ。高岡はそしらぬ顔で洋書を見ている。
「あんなことに、何の意味があるんですか。あれをしないと仕事ができないの?」
「できないことはないけど、楽になる場合もある。きみ、どれくらいの頻度で仕事してるの?」
「僕まだ、その、お客様とはしてません。主に週末にって言われてます」
 そう、と言った壬は、ハーブティーを飲んだ。伏せたまぶたは一重で涼しげだった。
「フィストして何週間も仕事しないなら別だけど、後ろがほぐれやすくなるのは事実だよ。いい客ばかりじゃないからね。仕事が始まればわかると思う」
 春樹はコップの向こうの壬を見るばかりだった。
 高岡は春樹の体を考えて、あんなことをしたというのか。
 仮にそうだとしても、あの恐怖といきどおりは記憶に残る。心が蝕まれそうだ。
「殺してやるって思わなかった?」


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