Cufflinks
第一話・焔 第一章・4
春樹が住むマンションより、少し都心寄りに位置する店だった。
オレンジ色の土壁が砂を被っているような壁面が、南欧に建つ家屋を思わせる。
独立型のセレクトショップには入ったことがなかった。敷地は広くない。それでも平屋造りの店舗だ。建物より少し淡い色の塀からは、所々ツタが垂れている。
店の扉には閉店のボードがかかっていた。営業時間が午前十一時からとある。春樹の携帯電話をひらいてみる。午前十時にもなっていない。
高岡が携帯電話を出す。電話をひらく前に扉があいた。高岡に続いて店内に入る。
扉をあけた店員と高岡が何か話しているが、春樹は口をあけて店内を眺めるばかりだ。
天井でファンがゆっくりと回っている。内壁はアイボリーだった。石膏のような見た目で、木の床とよく合っている。床の色は高岡の自宅を彩っていたマホガニー材に似ていた。
案内もされていなかったが、店内を進む。ユニセックスの商品が多い。洋服は無論のこと、帽子から靴、洋書、バッグやアクセサリーの配置がいいと思う。気取っていなくて見やすい。つい奥へと誘われるような感じがした。
級友と冷やかしで入ったTシャツ中心の店より家庭的に見えるのに、上質な感じがする。
「お客様。こちらへどうぞ」
扉をあけた店員に声をかけられた。高岡を見る。行ってこい、という仕草をした。
店員に導かれるまま店の奥に行くと、試着室があった。
この店員は男性なのだが、花の香りがした。二十代後半だろうか。
どの種の店でもそうだが、春樹は積極的な店員が苦手だった。だがこの男からは、強いアピールや焦りが感じられない。営業時間より一時間以上も前に来た高岡と春樹を、まるで自宅に迎え入れるような物腰だった。
試着室は中で靴を脱ぐようになっていた。足を踏み入れると、店員が試着室の扉を少ししめる。
部屋の内側には、すでに洋服が吊るされていた。
「ご用意するように言い付かっております」
扉が静かにしめられた。
服など買ってもらうより、早く解放してほしい。どんな贖罪でも高岡の野蛮な行為は消せはしない。
そう思うのだが、この店とあの店員は、悪くないなどとも思ってしまう。
靴を脱ぎ、一段高くなっている木製の床に上がる。ドアの内側でカーテンをひくようになっていた。女性が試着するときのことを考えているのかもしれない。
カーテンはひかずに服を脱いだ。用意されている服を着る。
ひとつボタンのジャケットと、ノータックパンツ、ドレスシャツだった。ジャケットとパンツは同色だった。重い色ではない。表面にわずかな光沢がある。ジャケットの襟は小ぶりで、気軽に着られそうに思えた。パンツは吊るしている状態ではストレートだったが、はいてみると細身に見える。ボタンが外に見えないせいか、軽い印象だ。意外だったのがシャツだった。極めて白に近いピンクなので気恥ずかしかったが、着てみたらそうでもなかった。着心地もいい。
「どうだ。直していただくところはあるか」
「い、いえ。ないです」
ノックもせずに高岡が扉をあけた。高岡の斜め後ろから店員が会釈をする。春樹も釣られて頭を下げた。
「よく似合う。包んでいただきなさい」
高岡はあけたときと同じ、あっさりと扉をしめた。春樹は脱いだ商品を店員に渡す。
「ポケットはお気に召されましたか?」
「えっ?」
「極力ポケットの少ないものを、というご要望でしたので。ジャケットの外ポケットは飾りフリップです。パンツと共に隠しポケットをお作りしました。確認されますか?」
「つ、作ったって……縫い直してくれたってことですか?」
さようでございます、と言いながら、店員がポケットの位置を教えてくれた。ジャケットは外と内に一箇所ずつ、パンツは外に一箇所、どれも目立たないところに手を入れる部分がある。
試着したときに布がもたつかなかったので、気付かなかった。
「これは、その、あの」
「はい。高岡様のお言い付けです」
高岡を探して店内を見るが、どこにもいない。
服を入れた袋を手にした店員が、春樹の目線を誘導するように店外を見た。春樹の口から、あっ、と声が出る。
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