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第一話・焔 第一章・4


 ビジネスホテルらしき部屋だった。
 部屋の隅にあるシングルベッドの上で、四つ這いになった春樹の両手がシーツを手繰り寄せる。
 何度も引っかいているうちに、白いシーツにはいくつものしわができていた。
 片手でシーツをわしづかみ、もう片方の手をサイドボードに伸ばす。
 春樹の手が目的のものをつかむ前に、高岡がそれを取り上げた。春樹が目に涙をためて振り返る。
 高岡は手にしたペットボトルの蓋をあけ、冷えた水を一滴残らず床に流した。
「俺は須堂とは違う。客がお前に自由に水を飲ませるとでも?」
 春樹は咳き込み、喉の痛みとの戦いを再開する。
 身を焼く焔は今夜も健在で、呼吸によって肺まで焼かれるようだった。
 だが、呼吸を放棄することは幻覚を呼ぶことになる。
 錯覚だとわかっていても、焼き殺されるのではないかという恐怖を味わいたくはない。
 背後から髪をつかまれる。引き上げられるのかと思ったら、ぐいと押された。
「伏せをしろ」
 言われたとおり、肘を折って胸をベッドにつける。高岡がつかんだままの髪を引いた。
 春樹の肘の脇に手をつき、顔を覗き込んでくる。唇の端はいつものように上がっていた。
「俺が嫌いか?」
 嫌いだ、と、吐き出す息に乗せて答える。
 焔のために支離滅裂なことを何度も口にしてきたのだ。この返答も、おかしな炎のせいにすればいい。
「本当に嫌いなら何故逃げない? 今までにもチャンスはあった。少々贅沢な暮らしをするため? 家政婦の生活のため? 新田のためか? きれいごとを言うな。お前は男とこういうことをするのが好きだから逃げないだけだ」
 かぶりを振ろうとするが、髪をさらに強くつかまれる。
 涙がこぼれる。高岡の光る双眸が揺れた。
「そもそもお前は新田をどれくらい愛している?」

  愛している────────?



「……めろ、やめろッ!」
 高岡から逃れた。つもりだった。
 春樹がいたのは、淡いブルーのシーツの上だった。
「たかっ、高岡はっ?」
 春樹の体は昨夜着たパジャマに包まれていた。
 毛布は見慣れたチェック柄で、朝陽を透かすカーテンも見覚えがある。
 ここは春樹の寝室で、ベッドは春樹のものだった。
「夢…………」
 春樹は顔を両手で覆った。手に液体が触れる。
 汗ではない。汗もかいていたが、手の平の中央を濡らす熱い液体は、涙だった。
 手の甲と手の平で交互に涙を拭う。夢をみて泣くなど、子どものとき以来だ。
 春樹はめくった毛布をベッドに投げつけ、浴室に向かった。


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