Cufflinks

第一話・焔 第一章・3


 寝室に入ってきた高岡は全裸だった。携帯電話を持っている。
「使用するべきものを出しておけ」
 春樹は一旦ベッドから出て、鍵のついた学習机の引き出しをあけた。浴室でレイプまがいのセックスをされた日、帰り際に高岡からコンドームの綴りとローションを渡された。こんなものを竹下に見られるわけにはいかない。引き出しから出した仕事道具をベッドの宮棚に乗せた。
「仔犬ちゃん。俺の上に乗れ」
「え……」
「二度言わせるほどのことか」
 高岡はベッドに仰向けになっている。高岡の携帯電話はベッドの上に置かれていた。春樹は這うようにしてベッドに上がった。狂犬の体に極力触れずに、慎重にまたがった。
「相変わらずの色気の無さだな、仔犬ちゃん」
 高岡が唇の端を上げた。春樹はうつむき、次の命令を待った。
「キスをしろ」
 明るい寝室で見る高岡の顔は、実に整っていた。射るような目でこちらを見ている。
 こうしていても始まらない。春樹は肘を曲げ、目をとじながら唇を重ねた。
(早く仕事を覚えて、こいつに抱かれるのを一回でも減らすんだ)
 一度唇を離した。高岡は舌を探ってこない。どの程度していいのかわからない。
「あの……もっと、ですか」
「俺がいいと言うまでだ」
 高岡が目をとじたまま答える。目をとじたり、笑ったときの高岡は実年齢より若く見える。今もそうだ。三十四歳には見えない。二十代半ばか後半のようだった。
 ふたたび唇を触れ合わせる。高岡の形のいい唇を吸い、少し舐める。唇を重ねたまま舌を探った。並びのいい歯に隠れる舌を誘うように、唇の裏を舐めてみる。音をたてて唇を吸い、また舌を差し入れる。探り当てた舌を絡ませたとき、後頭部がしびれるような感覚がした。
「んっ、う」
 乗っているのは自分のほうなのに声が漏れてしまう。息継ぎもそこそこに、深いところで舌を求めた。高岡が苦しがる気配はない。
 春樹はいつしか、高岡の体にしなだれかかっていた。高岡の頬に触れる。厚い胸板にも触れながら、声が漏れるのも構わずにキスを続けた。
 高岡に髪をつかまれた。強い力ではない。キスは終わりということだろう。
「少々くすぐったいが、及第点としよう。下を舐めろ」
 春樹は目を見張った。言葉のイントネーションと状況から、舐めろと言われたものはひとつしかない。高岡の男の部分を、商売道具を舐めろと言っているのだ。
 身を起こし、四つ這いで下がる。高岡の股間に顔を近づけるが、手で持つだけで精一杯だった。高岡の顔を見てみる。頭の下で手を組んで目をとじている。
「はっきり言わないとわからないか、仔犬ちゃん」
「い、いいえ」
「それなら実行しろ」
「は……い」
 春樹は手の中にあるものを上下にしごきながら舌先で舐めた。すぐに髪をつかまれる。
「使うのはお前の口だ」
 春樹はきつく目をとじ、記憶をたどった。棒の部分に唇と舌を這わせていく。
 まだ中学生のころ、友達の家でインターネットの動画を見たことがある。女が男のものを咥えていた。口を使ってそこを使える状態にして、そのままセックスに移行する。興味本位で見た映像は衝撃的だった。何度か思い出して自慰もした。
 それを今、自分がするとは。
(考えるな。売春をすると決めたときから、予想していたじゃないか)
 高岡の先端にキスをした。舌の裏も使って円を描くように舐める。映像を追いながら、ゆっくりと高岡の中心を呑んでいく。間違っていれば高岡が何か言うだろう。映像と同じように深く咥えると吐き気がする。可能な限りの深さまで呑み、吸い、舌で撫でた。
 口中の高岡の硬さが増した。吸い上げるようにして口を離す。
「やはりくすぐったいが、丁寧なのは悪くない。口をすすぎたかったらすすいでいいぞ」
「……いいです」
「強情だな。仔犬ちゃんらしい」
 高岡が笑いながら上半身を起こした。春樹の体がすくむ。前回のように、準備もせずに無理矢理入れられるに違いない。ベッドに正座をする春樹に高岡が覆い被さってきた。スムーズな動作で仰向けにさせられ、腰の下に枕を差し込まれた。
「コンドームを取れ」
 ベッドの宮棚からコンドームの綴りを引き、一片を切り離す。包みのまま高岡に渡そうとしたら「違う」と言われた。
「自分の指にはめろ。自分の穴に入れやすい指でいい」
 春樹の唇がわなないた。コンドームを指にはめ、自分で自分の下準備を……?
(できない。無理だこんなこと)
 逆らえばいつ犯されてもおかしくない。それでも体が動かない。
 焦れたのか、高岡が春樹の手からコンドームを取り上げた。個包装の袋を破き中身を出す。春樹の右手がつかまれる。中指と薬指の、二本一緒に薄いゴムの膜を被せられた。どろりとしたローションが指に被さるものの上に絞り出される。
「気の短い客にされるがままになるか。男を抱いたことのない者が客になることもある。痛い思いをするのが嫌なら自分でするしかないだろう」
「……は……い」
 涙が出そうになった。口で奉仕させられ、あさましい行為を見せなくてはならない。
 泣いても笑われるだけだ。やるしかない。新田と過ごすために。
 春樹は膝を立てて目をとじた。穴の入り口に指を這わせる。指に乗っていたローションを塗り込めて息を吐く。そして、自分の中に指を侵入させた。
「うっ……」
 抵抗はあった。少しずつ、潜らせるようにしないと入らない。自分の指を自分の体が拒んでいる。何とか根元まで入れたが、鈍い痛みがなくなったわけではない。仰向けのためか手首から先も痛かった。
「動かしにくければ横を向け」
 高岡が腰の下の枕を取り去る。春樹は横向きになり、静かに指の出し入れを始めた。
 とにかくほぐさなくては、の一心だった。弱いところの存在など忘れていた。
「ひ……っ、あ!」
 自分の奇妙な声と、ある疑問から目をひらく。
 こんなところだったか? こんなに浅いところに、あの弱いところがあっただろうか。
 高岡が執着した一点は、もう少し奥だったように思う。春樹の少し曲げた指先が偶然に掻いた箇所は、入り口に近いところだった。
 だが、春樹が触れたところはあの感覚を忠実に再現させた。射精感をともなう、中から響くような快感だ。春樹はもう一度そこに触れた。鳥肌が立ちそうな悪寒と気持ち良さが同時に発生した。また触れてみる。炎がすぐそばに忍び寄ってきた。
「はっ、あ……いや、いやだ」
 高岡に見られていることは重々承知だが、体は恥辱よりも快楽を望んだ。入り口に近い弱点をわずかにかすめ、指を届くところまで入れる。異物を警戒する液体が滲み、ローションもゆるくなってくる。
 滑らかに動くようになった指を、焦らした末に弱いところに当てる。押しながら入れ、掻き出すように引く。指が出入りする音が耳の近くで聞こえる気がした。もう喉が熱い。
「いや、指はもういや。入れて……! 入れてッ!」
 シーツに顔を押し付けて叫んだ。嫌だと言いながら動きをとめない手が、高岡にとられた。


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