Cufflinks
第一話・焔 第一章・3
「もう、もうだめっ。お願い修一、触って。ここ、お願い……!」
膝のすぐ上にあった新田の手をつかむ。どこを触れと言っているのか新田もわからないはずはない。それまで遠慮がちに避けていた局部を、そっと握られた。
春樹も新田のそこに触れようとしたが、耳もとで「だめだ」とささやかれた。
「やだ、どうして」
「お前の手を汚したくない」
「汚すなんて、なん、で……あっ」
新田の大きな手が春樹の中心を下から上に、しごくようにさする。春樹は首を数回横に振り、新田を見た。
「いや、か……?」
「ちがう、修一、修一のも、触らせて」
新田が春樹の頬に唇を寄せた。春樹のアンダーウエアの前面がまくり上げられる。
「落ちてこないように持ってろ。汚れるといけないから」
なおも新田の男の部分を追っていた春樹だったが、観念してアンダーウエアをつかんだ。女の子のような声を隠すために、自分の指を噛む。新田が首筋にキスをする。
「お前とこんなことができるなんて、夢みたいだ……」
首を舐める新田の息が熱い。日常とは違う新田のすべてに、胸が苦しくなるほど感じた。あらわになった胸の、硬くなっているところに唇が触れる。少しだけ吸われ、舌先で丁寧にそこを愛された。
「は、はあっ、だめ……! こんなのだめ。ひとりだけなんて、だめ……ッ」
春樹の中の、あの炎が燃える音がした。
高岡が焔(ほむら)と呼んでいた、春樹を地獄へと引きずり込む、いやらしい炎。
あれに巻かれたら最後だ。正体を失くしてしまう。我を忘れて背中を見せる可能性もある。達したあとに意識を手放すという醜態も避けなくてはならない。
春樹は新田の腰を引き寄せ、体を密着させた。新田より先に果ててしまわないように、自分にできることを次々にシミュレーションした。
「ね、修一。一緒にいこ……?」
「春樹」
「一緒がいい……あ、あ」
喉が焼け始めた。春樹の男根の横に新田のものがくるようにして、体を上下に揺すった。新田が短くうめく。
「うっ、やば……!」
春樹の先端部を愛撫していた新田の手が離れた。ベッドに手をつき、春樹の動きに合わせて腰を動かす。もう片方の手が春樹の腰を抱え込み、体がより密接する。
ふたりの男のところから滲み出ている液体が適度な潤滑剤になった。互いに腹を打ちそうなほど反り返っているものが、強く重なった体の間で暴れている。
パイプベッドがきしむ音と、ふたりの荒い息。今まで抑えてきた願望が十七歳の新田と十六歳の春樹を駆り立てた。
「き、気持ち、いっ……いきそ、やだ、もういきそう」
すすり泣きに似た、女の子のような声で春樹が感覚を訴えた。隠そうと口をふさいだ手が強く握られる。新田は春樹の手を頭上に押しやり、アンダーウエアを春樹のあごの下までたくし上げた。
「も……いくっ。い、く……!」
「春樹……ッ」
新田の押し殺した声が春樹の名を呼んだ。炎にはのまれずに済んだが、油断するとベッドに体が沈みそうになる。春樹はティッシュを探して手をさ迷わせた。
「だめだって言ってるだろ。お前はそのシャツ、ちゃんと持ってろ」
「でも……」
新田は微笑みながら、汚れているところをすべて拭いた。下着をつけ、ベッドに並んで腰かけた。新田が蛍光灯の紐を引く。明るくなった室内で新田と目が合った。
「すごく、かわいかった」
「ばっ、ばかっ!」
「先輩に向かってばかはあるか」
新田は笑い、麦茶を差し出してきた。春樹のひたいに麦茶のコップがコツンと当たる。
「汗、ちゃんと拭けよ。お前の体熱かったけど、熱はないんだよな?」
やはり焔があると発熱するらしい。アンダーウエアの背中が少し湿っている。新田は整理だんすからハンドタオルを一枚出した。
「使えよ。お袋の趣味で刺繍がしてあるけど。よかったらお前にやる」
クリーム色のハンドタオルに、キキョウの刺繍がある。タオルは新品に見えた。
「悪いよ。これ、まだ使ってないんじゃないの? せっかくお母さんが」
「変わらぬ愛」
ジーンズをはきながら新田が言った。少し鋭角になった顔がこちらを向く。
「キキョウの花言葉。他にも優しい愛情とか、誠実とか、正義とか。お袋の好きな花」
新田が春樹の隣に腰掛け、飲みかけの麦茶を飲んだ。
「お前に会ってからは、俺の好きな花になった」
春樹は新田の体を抱きしめた。今までにないほど、強く抱いた。
かすかに香る新田の汗の匂いを、愛おしいと思った。
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