Cufflinks

第一話・焔 第一章・3


 翌日も朝から快晴だった。
 いつもは目覚まし時計に起こされる春樹だが、今朝は五時台に目が覚めた。
 朝一番で入浴し、背中に傷薬を塗り込めてきた。これを見られたときの言い訳は用意していない。見られないように振る舞うしかない。新田を不安にさせないように。
 新田の部屋の扉があいた。新田が持つ盆の上には、麦茶の入ったコップがふたつあった。
「片付いてないだろ」
 新田が照れ笑いをした。家族と写っている写真や植物の写真が、所狭しと並んでいる。簡素な勉強机の上には、参考書以上の園芸書があった。
「ううん。修一らしい、いい部屋だよ。妹さんいたの? きのうまで知らなかった」
「うるさいだけだ。話題にするほどの妹じゃない」
「でも、妹さんと写ってる写真、多いよ?」
 麦茶を飲みながら春樹が笑った。新田は少し顔を赤らめ、そうか? と言う。
 三つ年下の妹の部活は陸上部とのことだった。真っ黒に日焼けした妹は、手脚がすらりと伸びた大柄な子だ。一重まぶたと厚めの唇が新田に似ている。
(厚めの……唇)
 春樹と新田は、ほぼ同時にコップを置いた。目をとじるとすぐに唇同士が触れた。新田が春樹の肩を抱く。キスは一瞬のもので、春樹は強く抱きしめられた。背にしたベッドの端が音をたてる。
「春樹、ベッドに上がろう」
「あ、待って。修一っ」
 新田に体を引き上げられ、ベッドに倒れ込んだ。春樹の上に新田が乗る。
「好きだ。お前のこと考えない日はない」
「僕、も……」
 あごを固定されてキスをされた。すぐに舌を探られる。舌の先が絡むようになると、あごから手が離れた。両手首をつかまれる。新田の下半身はすでに主張を始めていた。
「んっ! う、く」
 上唇の裏を舐められた。電気が走ったようになり、春樹の顔に血がのぼる。新田は手首をつかんだまま何度もそこを舐め、舌も吸った。
「んう……うう」
 深いキスに慣れないためか性急なためか、呼吸は苦しかった。それでも、強い快感が腰の下から頭の先まで駆け抜けていく。新田は一度深く舌を絡ませると、唇を離した。無言で服を脱いでいく。天井から下がっている蛍光灯の紐が引かれた。部屋が暗くなる。
 遮光カーテンの向こうには、日曜の正午の空がある。春樹も新田を見つめながら服を脱いだ。暗さに慣れて新田の表情が少しわかる。目が濡れて光っていた。高岡の凶悪な光とは違う、欲望に彩られた光だ。同じ光を帯びた自分の目を、新田に見られている。春樹の下半身も張りつめてきた。
 新田は上半身裸になり、ジーンズを膝まで下ろした。下着をどうするか逡巡している。春樹は襟ぐりの浅いアンダーウエアを残し、下は下着だけになっていた。考える新田に手を伸ばし、体を重ねるように導いた。
「下着……汚すと恥ずかしいから」
 どうするんだ、と言いかけた新田の唇を、自分の唇でふさぐ。唇を重ねたまま、肌掛けを少し引き上げた。意図が伝わり、肌掛けがふたりの胸のあたりまでを隠した。向かい合うように横になり、キスを重ねながら下着を脱ぐ。
 新田が春樹の背中に手を回す。アンダーウエアの中に手を入れようとしたので、春樹が新田の肘をつかんだ。
「だめ……この間学食で、背中からすごい寒気がしたから。背中は露出しないようにしてるんだ」
「寒いのか? 電気ストーブしかないけど、つけるか?」
「いい、大丈夫。離れないで」
 ふたりは互いの体をまさぐり合った。春樹は男にしては華奢な肩や頼りない腰、膝のあたりに触れられるたびに声を殺した。新田は首筋と腰の後ろに手を這わせると、唇を噛んで眉根を寄せた。初めて見る新田の表情に目を奪われる。
 春樹は声を出したい衝動に負けた。


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