Cufflinks

第一話・焔 第一章・3


「あのばかはいつも肝心なことを言わねえ! ボーヤも自分のことなら先に言わなきゃだめだろ。お前、やってる最中にやたら体が熱くなったり、おかしなモン見たりしねえか?」
「……します。どうして。どうしてわかるんですか?」
「そりゃ決まってんだろ」須堂が肌掛けを剥ぐ。春樹の手からペットボトルが取り上げられた。
「おれの嫁が、お前とおんなじだからだよ」
 口をあけたままの春樹の頬に、須堂の唇が戻った。春樹を仰向けにさせて唇にキスをする。先ほどより少し深い、炎を招くキスだった。
「う、んっ。来そう……!」
「飲みたくなったらいつでも水を飲め。冷たいペットボトルに触るだけでも結構違う。あーそれと、喉が痛くても息すんのこらえるのはだめだ。幻覚に襲われる」
 須堂の指摘は春樹の頭を明瞭にさせた。
「怖くねえからな。本当に焼き殺されるわけじゃない」
 春樹は何度も首を縦に振った。須堂が改めてジェルを指に取る。一度ほぐれかかった穴は、わずかな抵抗だけで指を迎え入れた。無骨な指が弱点を確認し、壁と入り口を揉んでいく。二本の指が付け根まで出入りするころには、春樹は両脚を折ったり伸ばしたりしていた。
「あっ……ああ……いい……」
 指が抜かれる。名残惜しさを訴える穴が、ひくりと息づいた。
 春樹は自分の中の着火音を聞いた。
「だめ! 来た、火がついた。入れて……! 須堂さんってわかるうちに」
 須堂がコンドームの袋を破る。広げた脚の間に大きな体が入った。
「可愛い顔見ながらしたいから、このカッコで入る。水は?」
「いい、大丈夫。入れて、入れてください」
「気を楽にして楽しみな。ちゃんと息してろよ」
 腰を抱えられた。高岡より少し太いものが入ってくる。初めての大きさに一瞬息がつまる。春樹の腰を引き寄せながらの挿入はあくまで静かで、指で確認した弱いところをゆっくり掻いていった。
 春樹は鈍い痛みに勝る感覚のために、ベッドの端にある枕をつかんだ。
「あ……うっ! いい、気持ちいい、いいっ」
「奥まで入っても大丈夫か?」
「い、あ。大丈夫。来て……!」
 喉は焼けかけていたが痛みは強くなかった。体を舐めるような熱さもある。あるが、炎に一気に巻かれるような怖さがない。
 漏れ続ける女の子に似た声を殺そうと、春樹が枕を顔のそばに引っ張る。須堂の手が枕を押さえた。
「こらお前は。口に当てるつもりだろ。息が苦しくなるぞ」
 須堂は春樹から枕を取り上げた。その枕を春樹の腰の下に入れる。
 サイドボードからペットボトルを取り、飲みきっていなかった水を春樹の口もとにつける。
「顔、横に向けな。ひと口でいい。飲むんだ」
「いらな、い。もっと、もっとして」
「飲まなきゃやめる」
 唇を濡らす水滴が甘い。タイミングを見計らって注ぎ込まれる水が喉を冷やした。
 春樹は目をとじて水の甘さを追った。
「脚を担ぐからな。気持ち悪くなったら言えよ」
 担がれた両脚が須堂の肩にかかる。枕がもうひとつ腰の下にあてがわれた。
 須堂の先端が、最奥だと思っていたところより少し奥まで届いた。一番弱いところに須堂の硬い部分が当たる。体の内側から強い射精感が生まれた。
「だめ、だめっ! すぐにいっちゃう、ああ!」
 須堂はゆっくりと出し入れを再開した。穴を隅々まで満たす量感のあるものが、弱いところを着実に攻め落としていく。下から駆られるような動きだったが、乱雑さは少しもない。春樹は頭を横に打ちつけるようにして振った。
「い……く……もういく……いくっ、いく……ッ!」
 春樹は悲鳴をあげずに果てた。鼓動が正常なペースになっていく。
 体全体に響いていた律動が消えるころ、須堂が高みに到達した。
 体に絵が入った男が自分を抱いたのだと思っても、汚されたとは感じない。
 余韻が残る内部から須堂がいなくなる。唇と頬にキスを受けた。手渡されたペットボトルの水を、体を起こして飲むことができた。
「ボーヤはなかなかそそるな。休憩したら二戦目、いっていいか?」
「はい……そそるって何ですか……?」
「やらしーこと、したくなるってことだ」
 にかっと笑う須堂がベッドに横たわる。春樹の飛沫を拭き取る手は指を失くしているが、あたたかかった。
 春樹は自分から須堂に身を寄せ、高岡より広い背に手を回した。荘厳な像を傷つけたくない。手の位置を決めかねていると、須堂が笑って春樹の手をつかんだ。
「何してんだボーヤ。くすぐったいだろ」
「はい、あの……どこを持てばいいんでしょう」
「どこでもいいじゃねえか」
「よくないです。須堂さんは優しくしてくれました。僕も須堂さんに触るとき、そうしたいです。どうすれば仏様に失礼じゃないのかな」
 須堂が真顔で春樹を見た。頭を抱かれる。春樹の頬が須堂の胸に密着した。
「こんな絵のことなんか気にしなくていい。お前に触られて困るとこなんてねえよ」
 肌掛けが引き上げられた。須堂の言葉を信じて背中の中央に触れる。髪を撫でられ、顔を上に向けた。
 深いキスをする予感がした。予感は当たり、遠くから炎が這ってくるのを感じた。


次のページへ