Cufflinks
第一話・焔 第一章・3
キングサイズのベッドは広すぎて、春樹は須堂を待つ間に身を起こしてしまった。
洗面所から須堂が出てくる。乾ききっていないソフトオールバックが、たてがみのようだった。
腰タオル姿の須堂が窓辺に向かう。途中でテレビを消し、春樹を振り返った。
「ボーヤ。カーテンしめるか?」
「で、できれば……」
須堂がロールスクリーンタイプのカーテンを引き下ろす。室内灯もベッド上部の間接照明とサイドボードの上にあるライトだけになった。
平日の午後とは思えない、色彩が少ない空間になる。輪郭のやわらかい、幻想的な影絵の世界だ。
春樹は天井を見たままベッドに仰向けになった。
この部屋は幾らなのだろう。連休の中日で予約に苦心することはなかったのだろうか。
須堂がベッドに入ってきた。何も言われなかったが、自然に横向きで向かい合う。髪を撫でられて腰を引き寄せられる。須堂の親指が春樹の唇に触れた。
「ボーヤ、ハルキっていったっけか」
「はい」
「どんな字だ?」
「春夏秋冬の春に、樹木の樹です」
「いい名前だな」
髪に指が差し入れられると同時に、唇が触れ合った。
厚みのある唇に何度もついばまれる。唇が触れている時間が長くなり、春樹の体から力が抜けた。舌の侵入も強引ではない。舌先が出会い、わずかに絡み、去っていく。
どうしてこんなに優しくするのだろう。手間を惜しまないのだろう。大切な人を扱うようにするのだろう。
春樹は心臓が高鳴るのを感じた。須堂の胸を軽く押し、唇を離した。
「苦しいか?」
「いいえ……キスが優しくて……切なくなりました。このお部屋、素敵です。用意してくださって、ありがとうございます」
口にしないと胸が潰れそうだった。今、どうしても伝えなくてはと思った。
須堂の唇がひたいに触れた。次に鼻の頭に、そして頬に。唇にも一度だけ触れ、髪を優しくすかれた。
「ボーヤは可愛いこと言うんだな。気立てがいいんだ」
須堂がサイドボードの上にある、整髪料が入っているようなチューブを取った。
春樹の見えるところで蓋をあけ、粘度のあるオレンジ色の液体を手の平に出す。液体が乗った手が、春樹の尻を包むようにつかんだ。
「後ろの穴用のジェル。体質によっちゃカユくなるから、嫌ならすぐ言うんだぞ」
「は、い……っ」
指はすぐには入らなかった。穴の入り口を中心に、尻の山も撫でられる。
唇が寂しいと感じる前にキスをされる。言葉も絶えずかけられた。不安が徐々に消えていった。
「指入れるけど、いっか?」
春樹がうなずく。吐息に声が混じり始めていた。
指が一本、ごく浅く入る。充分に時間をかけてほぐされた。ジェルが足されてもう一本入る。
節くれ立った太い指が、入り口に近い弱点を何度もえぐった。
「あ、あ! そこだめ……! だめ、きちゃうっ」
「おい早えな。いきそうなのかよ」
「ちが、ち、がう。あれが……あれ、熱いのが」
須堂の指がとまる。弱点がわかるのか、そこを刺激しないようにそっと引き抜かれた。
「だめ、いや、いやだ。やめないで」
着火しかけた体の奥にある芯が、早くしろと訴えている。春樹は須堂の腕にしがみつき、早く、早くと繰り返した。
「ちょっと待て。お前まさか……焔があるのか?」
春樹は目をひらいた。まだ意識が混濁していないため、須堂の言葉が理解できる。
「どうして、わかるの……?」
須堂が勢いよく離れた。太い眉を上げて部屋を見回している。何かを探している顔が、少し怒っているように見えた。
「ど、どうしたんですか。やっぱり僕、おかしいの?」
「あ? おかしいわけねえだろ。あれどこいった。水のペットボトル」
「水……あ、ここです」
春樹は自分の側にあるサイドボードを指差した。須堂は「飲め!」と大きな声で言い、冷蔵庫をあけた。春樹は体を起こし、半分以上残っていた水をむせながら飲む。
何が須堂を怒らせたのかわからない。胸がしめつけられるような感覚がした。
須堂はもう一本同じペットボトルを、春樹に近いサイドボードに置いた。
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