Cufflinks

第一話・焔 第一章・3


 須堂の肉体には、独特の美しさと迫力があった。
 上半身は首と肩がつながるあたりから肘の下まで、下半身は膝の上まで、びっしりと絵が入っている。胴体で素肌が見えるのは、胸から腹への中心部くらいだった。
 背中の不動明王がやはり異質だ。
 右手に剣、左手に荒縄を持つ像が紅蓮の炎を背負っている。赤い火の連なりの周りでは、黒い、波とも雲ともつかないものが肌を埋めていた。闇の中で燃え盛る炎が鮮やかで、怖さはあるが見入ってしまった。
「いくら見ても消えねえんだよな。後悔しても遅いけどよ」
 髪をすすいだ須堂が春樹を見て笑った。こちらへ来いと手招きしている。
 春樹がシャワーヘッドの下に立つ。壁のほうを向かされる。壁に手をつけとは言われなかった。シャワーヘッドを須堂が取る。
「自分で洗いな。ケツん中まで洗わなくていいからな」
「は、はい」
 手渡されたシャワーで体を流していく。少しの間をおき、須堂に肩をそっと撫でられた。須堂が春樹の手に自分の手を重ねながらシャワーを取り上げ、湯が出たままのシャワーが壁にかけられた。
 後ろから抱きすくめられるかと思ったが、須堂は湯をとめて春樹の背中に触れた。
「おい。これ何だ」
 須堂の声が低い。春樹の呼吸がとまった。何か粗相をしただろうか……?
「背中の、腰のちょい上。お前これ、鞭か何かで引っ叩かれたんじゃねえのか」
 先週の木曜に高岡から受けた罰を思い出した。きょうは週明けの月曜だ。ほとんどの痕は消えかけていたが、脱衣所で打たれたところが残っている。赤黒いかさぶたと、その周りには紫色と黄色のアザがある状態だった。須堂が触れているのは、まさにその箇所だ。
「……はい」
「あのばか。何考えてんだ。お前高校生だろ、着替えとかどうすんだ」
「アンダーウエア着て、何とか……」
「あー、下着か。あいつの変態趣味はもう治らねえから、ボーヤもあいつをキレさせないようにしないとな」
「は……はい」
 須堂はシャワーヘッドを壁にかけた状態で湯を出し、春樹を抱きしめてきた。
 須堂の体は筋肉の塊だった。皮膚の下に筋肉を隠すような高岡の肉体に対し、須堂はすべてが外に向かって張っている。高岡の友人ということなので三十代だろうが、強い弾力と量感のある体は二十代といっても通ると思った。
「こっち向きな」
 対面する須堂と目が合う。春樹の唇がわずかに震えた。
 須堂の瞳は褐色で、新田に似ていた。瞳の奥に強い光がある。高岡の底光りとは違うが、春樹にも新田にもないものだった。
「ボーヤ……好きな娘でもいんのか?」
 喉に言葉が貼り付いた。首を横に振ろうとするが、それもできない。
 須堂が春樹から手を離した。クローゼットを背にしたときと同じように、浴室の壁に両手をついて春樹を見る。
「死ぬほど嫌ならやめとけよ。おれも後ろに手が回んのは御免だ。どうしても嫌なら無理にはしねえよ」
 須堂の目に怒りはなく、春樹の顔の両脇についた手に力は入っていない。体も離れている。自由に逃げられるようにしている。
 シャワーが須堂の体を打つ。浴室はあたたかいが、春樹には余計な湯がかからない。
 須堂が大きな傘に見えた。
「……高岡さんは、須堂さんは優しいって言ってました」
「へー。あいつからは言われたことねーけどな」
 須堂が白い歯を見せて笑った。頑丈そうな歯と厚めの唇は新田に、口調は級友の森本に似ている。
 春樹は心を決めた。
「須堂さんとなら……死ぬほど嫌じゃありません」
「要するに、OKってことか?」
 春樹はうなずいた。須堂を見上げて目をとじる。唇が重なり、少し強く抱きしめられた。


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