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第一話・焔 第一章・2
直腸洗浄はしなくていいと聞き、春樹は心底ほっとした。
「力を抜け」
えっ、という言葉も出てこなかった。
何の準備もしていない後ろの穴に、コンドームを被せたものがひたと当たる。
(嘘だろ。このまま入れるのか)
「ああ。忘れるところだった」
安堵した瞬間、冷たいものが穴の入り口に塗られた。
高岡がラックに戻したものは、ボディーソープのボトルだった。
「うそっ、いやだ! お願い待って。ああッ!」
浴室の壁に体が押しつけられた。腰だけは抱え込まれているが、拘束されていない部分は逃げる一方だ。
「やめてっ! 無理にしないで! 痛、い……!」
「いきむな。大きく裂けたりはしない。多少の出血は座薬で治る」
座薬だと。
病院で治療するというのはホラなのか。めまいがした。
一度しか受け入れていないところに大人の男が入るのは酷だった。
春樹のまつ毛が濡れる。
痛みと異物感、恐怖に耐えるのに手一杯で、落涙はしないというだけだ。
痙攣したように震える春樹の尻の中央に、高岡の男が収まった。
このまま乱暴に動かれたら──
春樹の、あきらめに似た予感は外れた。
高岡は自身を春樹の中に入れたまま、体を密着させてきた。春樹の肩に頬を寄せ、冷たいな、と言った。シャワーの湯が出される。
「仔犬ちゃん。お前の客は精査される予定だが、予定は未定だ」
「え……」
耳の後ろに唇の感触がした。キスだった。
春樹は吐息を漏らし、目をとじた。
「最初のうちはいい。遊び慣れている、紳士的な客がつく。時が経てばお前にも気の緩みが生まれ、客もお前を熟知する。又貸しもされるだろう」
「又貸し……?」
「一度顔見知りの客につかせ、途中で見知らぬ客に貸し出されることだ。仲介料を足しても正規の料金より安く遊べる。高い犬なら御法度だがな。安易な接待方法としても使われる。ところで中はひどく痛むか?」
「そんな……には」
「動くぞ。あまり痛ければ言うように」
「はっ、い」
高岡は猛々しかった。傷で熱いはずの背中が、ぞくりとする。
初めての夜に見つけた弱いところを、この男が忘れるはずもない。焦らすように、追い立てるように、そこが刺激される。春樹の呼気に甘い響きが混じるのに、時間はかからなかった。
「あ……あ、たか、おかさ……」
痛みは前回よりはっきりしているが、疼きはもっと鮮明だった。
「だめ、くる……!」
「何が来る」
「あつ、熱いのが……! だ、めっ」
高岡にあごをとられた。顔を上に向けさせられる。
もっと鳴け、という意思が伝わってきた。
春樹は頭を横に振った。屈服したら何を口走るかわからない。
首の後ろを舐められ、胸の突起を弾かれた。
「ああ! だめ、来るっ! あれがくる! だめ、だめ……ッ!」
春樹の上腹部が、自分のほとばしりで濡れた。
精を放ってもまだ、春樹の中の炎に似たものは燃えていた。
「くるし、苦しいよ。もう許して、熱い」
「いやなら抜いても構わんが」
だめだ、という意味で、高岡の腕をつかんだ。背後で高岡が笑う。
「どうして欲しい?」
春樹はあえいだ。つかんだ高岡の腕は、自分のあごを支えている。その手を引き、あごから離れさせた。そのまま自分の下半身に持っていく。
「ここを触って。どうにかして……!」
一度放出したところを、自分に鞭をふるった相手に慰めさせた。
後ろも攻められ、春樹は「いや」と「いい」と交互に叫んだ。
あの夜と同じ炎が駆け巡る。
思考は混乱し、吸い込む空気は熱風そのもの。
この状態を解消するためなら、罰も怖くないと思った。
「これ、が、焔……?」
「……そうだ」
悲鳴をあげる春樹の口がふさがれ、二度目の絶頂に導かれた。
「体を流す。このままの姿勢でいろ」
「は……い」
膝が折れて座り込んでしまいそうだった。高岡の腕につかまり、壁を支えにして持ちこたえた。温度と圧力を下げた湯が背中に当たる。
「又貸しをされたら、自力で帰るしかない」
「また……がし……」
何の話だ。
脈絡がわからない春樹は、機械的にうなずいた。高岡に肩をつかまれる。
「こちらを向け」
キスをされる。
春樹は顔をそむけた。再度キスを受ける。
いくら逃げても高岡の唇は追ってきた。
春樹がキスから逃げなくなると、浴槽に湯を張る音がした。
湯船の縁に座らされた。口もとに何かが触れた。
高岡の手の平に、冷たい水がある。
待ち焦がれていた水を、春樹は喉を鳴らして飲んだ。
「もっと……」
春樹は自分から唇を寄せた。キスをすれば水が飲めると思ったのだ。
高岡は何も言わず、させたいだけキスをさせる。
春樹が疲れてうつむくと、高岡の手から水が与えられた。
それを何度か繰り返し、春樹は我に返った。
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