Cufflinks

第一話・焔 第一章・2


「やめ、やめて……!」
 当然のように性的に抱きしめられ、壁に背中を押し当てられた。
 と思ったが、腰と肩が手で支えられている。
 背中が壁につかないようにしている。
「お願い、や、め……うっ」
 深いキスをされるとばかり思っていた。
 しかし高岡が求めてきたものは、浅く甘いキスだった。
 重ねた唇の間からほんの少し、かすめるように舐められるだけだ。
 新田と用具倉庫の中で交わすキスに似ていた。春樹の顔が一気に熱くなった。
「人は恋に落ちると不注意になる」
 キスを終えた高岡が言った。顔の火照りを隠す春樹が高岡を見る。
「仔犬ちゃん。今、そのドアには鍵がかかっているか?」
 春樹はドアノブを見た。鍵はあいたままであった。
「ご、ごめんなさい!」
 言うと同時に鍵をかけた。
 きのうの鞭がよみがえる。春樹は声もなく廊下にうずくまった。奴隷に成り下がる気などさらさらないが、痛みを知った肉体が縮こまる。
(しっかりしろ。早くこいつから解放されることだけを考えろ)
 高岡はネクタイをゆるめ、スーツの上を脱ぐ。ダイニングテーブル用の椅子に上着をかけると、春樹を振り返った。
「俺は困らないがな。新田が突然ドアをあけ、先ほどのキスを見られたとしても」
 侮蔑と笑いを含んでいる声だった。
 春樹は奥歯を噛みしめるだけで、廊下から動けない。
「何でもいい。縛れるものを持ってこい」
「……はい」
 きょうはリビングで教え込むつもりか。
 学習机の引き出しに荷造りテープがあるのを思い出し、寝室の扉をあけた。


 ソファに座る高岡は、春樹が持ってきたテープを見て眉をひそめた。
 頭を二、三度横に振る。小さな声で「やれやれ」と言った。
「いいだろう。お前が自分で選んだものだ。ことの顛末を思い知るがいい」
 床に正座をした春樹のあごに手がかかる。
「服を着たままここに座れ」
「はい」
 高岡の隣に腰かけた。間髪入れず、ソファに押し倒された。
「新田とはもう寝たか?」
 春樹は目を見ひらいた。
 高岡が、耳もとでそうささやいたからだ。
「あれはいい少年だ。遊ぶなら間違いなくお前ではなくあの子を選ぶ」
 春樹のネクタイをゆるめる高岡の手を、強くつかんだ。
「やめて。修一には何もしないで」
 ネクタイが抜かれる衣擦れの音がした。
 春樹はもう一度、さらに強く高岡の手をつかんだ。爪が食い込んだのだろう、高岡が春樹の顔に視線を向ける。
「お願いです。修一には何もしないと、約束してください」
 高岡は答えない。
 春樹の爪が食い込むのも構わず、春樹の両脚を膝で割ってきた。
「約束……してください」
 高岡は一度小さく息を吐いた。ため息に近い感じだった。
 次の瞬間、手首に激痛が走った。
「いたっ! 痛いッ!」
「動くと手首が折れる」
 春樹は口をぱくぱくさせ、微動だにしなくなった。
 高岡は片手の親指と人差し指、そして中指の三本を、春樹の片手に添えているだけだった。春樹の手の平が、手首の内側につくのではと思うほど深く折り曲げられている。うめき声が出てしまうほどの痛みだった。
「達者な者がやれば関節が外れるだけですむが、俺は得意ではない」
 春樹の目に涙がたまる。痛みや恐怖のためだけではない。
 先週の金曜からずっとつきまとっている、いきどおりのためだ。
「悔しいか」
 春樹の目から大粒の涙が転がり落ちた。
 春樹の顔の前で、高岡の攻撃に屈した春樹の手が合わされる。手首の内側同士が接するように、春樹がしていたネクタイで縛られた。
「多くの客は、目の前で縛ってはくれない。まずそれを心得ておくように」
「は……い」
 高岡は淡々と授業を進める。ソファの前にあるローテーブルには小さな引き出しがついており、高岡はそれをあけてカッターナイフを出した。春樹の知らない間に家捜しでもしていたのか、動作に迷いがない。荷造りテープを抜き出してカッターで切る。長い紐が二本できあがった。
「両脚を曲げなさい。ふくらはぎと腿の裏側をつけるように」
「はい……」
 言うとおりに曲げると、その格好のままテープで縛られた。
 片脚ずつ、折り曲げた状態で固定される。
「この仔犬ちゃんは、本当に手がかかる」
 高岡は言い、ソファの脇に立った。自分のベルトのバックルに手をかける。
 春樹は歯を喰いしばった。
 ここでレイプまがいのセックスをされるのか、違う暴力を受けるのか。
 いずれにしても耐えるしかない。


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