Cufflinks
第一話・焔 第一章・1
まだ鍵をかけていない玄関ドアをあけられ、室内に押し戻される。
ボストンバッグは廊下に放り投げられた。
鍵を内側からかけられる。玄関電気のスイッチが押された。
「いやだっ! い、う……っ!」
髪をつかまれ、体ごと壁に押しつけられたと思ったら、口の中に舌が入ってきた。
いきなり舌の感触がするなど、初めてのことだった。
「うう!」
春樹の舌の下に、高岡の舌が潜り込む。春樹の舌の形状を春樹にも伝えるかのように、隅々まで舐められた。舌が絡め取られてしまうような気がした。
高岡が春樹の唾液を飲み下す音がする。新田とのときは、こんな音はしなかった。
(いやだ! いや、いやだ)
息苦しくはない。もうだめだと思う寸前で、高岡が呼吸をするための隙間をあけている感じがする。
(いやだ……い、や)
新田にだけ許した、電流を生むところを舐められた。
「く……ふっ!」
高岡の舌がとまる。
重なった唇の感触で、この男が笑ったのがわかった。
しまったと思い、高岡の腕を押しのけようとする。びくともしない。
「んうっ! ふ、あ」
自分のものとは思えない声に、息は苦しくないのに胸が痛んだ。
高岡は舌と唇で、新田の感触を鮮明にしていった。下腹が重くなる。
ごく軽く、遊ぶようにして上唇の内側を攻め終わると、舌を求める深いキスになった。息継ぎのために力がゆるんだとき、わずかに噛まれながら舌を吸い上げられた。
「ッ……!」
膝の力が抜ける。崩れ落ちるとき、拒絶したはずの高岡の腕をつかんだ。
「胸をあけろ」
「はあっ、は……いや、だ」
「もう一度言う。胸をあけろ」
髪をそっとつかまれた。目の端に入る高岡の手には、力が入っていない。
逆らえば手を握り、自動的に髪が強い力で引かれるのだと、わからせているのだ。
春樹は一点を見据えたまま、ネルのシャツをひらいていく。唇を固く引き結ぶ。
(こいつに何をされても、絶対に反応なんかしない。売春など死んでもしない)
シャツを肩まで広げ、顔を横に向けた。
高岡が春樹の首から胸にかけて、いくつかの箇所を指でなぞる。
新田がつけたキスマークを追っているのだ。春樹の顔から、血の気が引く音がした。
「これをつけた相手と離れたいか?」
引き結んでいた唇が容易にひらく。言葉を選ぶ前に、髪を強く引かれた。
「痛……!」
「眠いのか? 耳が悪いのか」
「いた、痛い。はなせっ」
「では質問を変える。レイプか合意か、どちらか選べ」
合意?
春樹は眉間にしわを寄せた。
「正確にはレイプではなく、傷害だがな。男の場合は」
春樹は真正面から高岡を見た。だれにでも保身という常識はある。そう思ったからだ。
だが、この男にそんなものはないと、すぐにわかることになった。
「こんなこと間違ってる。僕をレイプして、あんたはどうなる? 僕が黙っているとでも? あんたの、あの訳のわからない経歴に余計なものがつくんじゃないの?」
高岡が吹き出した。髪が離される。
「自分のケツの前に俺の心配か。それとも」
高岡が土足のまま上がりこんだ。
逃げようとした春樹の腕を引き、廊下を引きずっていく。
廊下の途中にあるトイレをあけ、春樹をその中に突き飛ばした。
灯りがつけられる。戸口の高岡は、鷹揚な笑みを浮かべていた。
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