Cufflinks
第一話・焔 第一章・1
最悪で奇妙な誕生日になった先週の金曜から、三日後。
春樹は新田とクラブ活動の片付けをしていた。
用具倉庫に四月下旬の陽の光が差し込んでいる。
校庭の隅にあるこの小屋に入ると、春樹はいつもほっと息をつくことができた。
園芸クラブと清掃係が兼用で使用しているだけで、人の出入りが少ない。
土の香りと堆肥の臭い、小さな明り取りの窓を通る日光や、埃っぽい空気。どれもが安心できる。
同級生と少し違う家庭環境は、苦ではない。もっと特殊な境遇で暮らす人がいることも、わからない歳ではない。
それでも夜、部屋にひとりでいると、将来への漠然とした不安を感じた。
『私学では私たちも助けてあげられない』
「丹羽、大丈夫か?」
新田の声が耳の近くでした。春樹は肯定の意味でうなずいた。
新田は実際、聡明だった。隠しごとはすぐに見抜かれるのだ。
もしかしたら超能力者なのかもしれない。
そうでなければ、男の新田への男の春樹の気持ちが、伝わるはずがない。
友情や憧憬以上の、熱い──下半身に血が集まるような、こんな感情は……。
「本当に大丈夫なのか? 金曜は休んだそうじゃないか。用事だったのか?」
「大丈夫です。急に遠い親戚の人が訪ねてきて」
新田にも、今までの級友にも、誕生日を自分から言ったことはない。誕生日が母の命日で、日がな一日遺影の母と過ごす。話すのも聞くのも気が滅入るだけだ。
春樹が持っていた培養土の袋を、新田が取り上げる。急に重みを失った両手が寂しくなったが、心はあたたかくなった。
学年も違う、月曜のクラブ活動仲間にしかすぎない自分のことを、気にかけてくれたのだ。
「……丹羽。体調が悪くないなら、一緒に帰らないか」
「先輩」
「丹羽の部屋に、行きたい」
はいと言うつもりだった。脳はそう命令している。でも、声が出なかった。
金曜のことが次から次へと、頭の中を駆け巡る。
「約束する。いやなことはしない」
春樹の手に、新田の手が置かれた。汗で冷たい。
春樹は新田を見た。
(緊張してるの? 先輩)
新田の茶色の瞳はきょうも聡明そうで、春樹は目をとじた。
唇が触れる予感がしたので、新田の胸を押して顔をそむけた。
「ここではいやです」
行き場を失った新田の唇が、春樹の頬をかすめた。
(高岡の唇も、僕の唇をかすめていった)
あの日の、最も信じがたく屈辱的なことが思い出された。
「丹羽? やっぱりお前、どこか悪いんじゃ」
「そんなことない。何でもないです。行こう、先輩。早く……!」
春樹がしがみついた新田の体は、少し熱かった。
それは春樹も同じことだった。
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