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第一話・焔 第一章・1
「その方はきみの躾をしてくれる」
上座中央から声がした。
「……は?」
躾? しつけ、と言ったのか?
「きょう、きみのお父さんは来ていない」また中央の男だ。そのまま続けられる。
「きみの今の生活は、きみのお父さんがこの会社で働いて得た金で成り立っている」
わかっている。認知もされていないのだ。それくらい当然ではないのか。
「お父さんは少々、経済観念が足りないところがある。横領をしてね。いや、困ったよ」
「横、領」
「お父さんの不正を表に出したりはしないよ。会長や社長とも血縁のある人物だ。きみもそんなことは望まないだろう」
「はあ」
何と返せばいい。それより、いやな予感がする。
「あの、父がいないなら、僕はもう」
椅子から立ち上がり、扉を見る。下座にいた男が扉の前に立った。冷徹な表情だ。
春樹は顔が引きつるのがわかった。
「椅子にかけなさい」中央の男の声。
声に従う。椅子の背をつかんだ手の平が汗ばんでいた。
「何か勘違いしているのかもしれないね。お父さんの返済に関しては心配しなくていい。彼の給与を一部差し押さえて回収するだけだから」
「じゃあ帰ります」
「帰ってもいいが、話し合いは終わらないよ。きょう済ませたほうが楽だと思うがね」
終わらないとはどういうことだ。
「今言ったとおり、お父さんの給与は彼の生活にかかる以外は差し押さえられる。きみが住んでいる部屋の家賃、生活費、学費には回らなくなる、ということだよ」
何だって?
愛人に生ませた息子を認知していない父が会社の金に手をつけ、自分の生活費を確保するために息子を部屋から追い出し、食べるものも食べさせず、学費も出さない?
「そ……んな。急に言われても……父、父に会わせて……」
春樹の言葉は、聞こえなかったかのように扱われた。
「選択肢はふたつ。仕事をして今の生活を維持するか、施設に入所するか。困るのは通っている高校だね。私学では私たちも助けてあげられない」
学校に、通えなくなる?
(新田先輩に会えなく……なる)
「奨学金も色々な種類がある。悪いが調べさせてもらったよ。学業面で少々努力不足だね。きみの今の成績でも利用できる奨学金もなくはないが、学校行事用の積立金や諸々、肩身の狭い思いをすることもないと思うがね」
絶対に通学できないわけではないが、今のままとはいかない、ということか。
週に一度のクラブ活動ですら金がかかっている。購入を強制されない参考書籍も、なければ授業についていけないのが現実だ。生徒の大半が利用する学生食堂にも入れなくなる。食堂への持ち込みが禁じられているためだ。
新田の顔が浮かんだ。
一学年上の新田とは、クラブ活動で出会った。
会話ができるのはクラブ活動の日か、彼が進んでしている校庭の清掃活動を手伝うときか、偶然を装って食堂で相席になるときぐらいだ。
(新田先輩と話せなくなる)
春樹は中央に座る男を見て、口をひらいた。
「仕事って何ですか」
男は一度、上座の端に座る男を見る。うなずいて言葉を発したのは、端の男だった。
「男性を相手にした売春だよ」
何の冗談だ。
膝の上にある書類を見る。
この、動物のような目をした男に躾けられて、売春を? 男とセックスを?
「従ってくれれば、今の生活の維持の他に進学面でも援助をしよう。約束する」
冗談じゃない、と言おうとしたときだった。
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