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第一話・焔 第一章・1
着いた先は大きなオフィスビルだった。上層階に直通するエレベーターに乗る。
十六年間顔を合わせたことのない親子の対面は、何か食事ができるところでするものだと思っていた。
廊下は毛足の長い絨毯が一面に敷いてあり、何度か足を取られる。
「ノックをして入りなさい。入ったらすぐに名乗るように」
それだけ言い、ふたりの男は春樹から離れていった。
目の前の扉は、幅も広く高さもある。
こうしていても仕方がない。
どんな話があるのかは知らないが、呼びつけたのは父のほうだ。
春樹は扉をノックした。中から応答がある。扉をあけて一礼し、しめてさらに一礼した。顔を上げる。
「丹羽春樹です」
会議室としか思えない部屋に、コの字型に机が並んでいる。用意された席は多くない。
四人の男が間隔をあけて座っている。全員がスーツを着て、こちらに視線を向けていた。
だれが父親なのか。
正面の大きな窓を背にした、上座中央の男だろうか。
「そこにかけなさい。くつろいでくれていいよ」
上座の端に座る男が言った。
春樹は部屋の中央に置かれた椅子に腰を下ろした。下座に座る若い男が、春樹にひと綴りの書類を渡す。
数枚のプリントの一番上に、人名と男の顔写真が刷られている。
高岡彰。タカオカアキラ。
まさか、これが自分の父親だというのか。
三十四歳とある。春樹とそう変わらない年齢のときに、母と関係したと?
妊娠させることは可能だろうが、写真の高岡と自分では、あまりに外観が違った。
春樹は母の血を引いた濃い栗色の髪だが、高岡は艶のある黒髪である。
高岡は目鼻立ちのはっきりした、男から見ても端正と思える顔だ。男らしい輪郭の顔の、一番の特徴は目だった。切れ長の大きな目。
写真の、それも紙に印刷されたものからも、底光りが伝わってくるようだ。
少し怖いと思うのは瞳の色のせいかもしれない。透明感のある薄い茶色というか、灰色がかっているような、日本人にはあまり見られない色をしている。
外国人か……動物のような瞳が、紙の中で光っている。
卵型の女顔で黒い瞳の春樹には、何ひとつこの男の遺伝子はないように思う。
さらに高岡の略歴を見て、春樹は首をひねるしかなかった。
出身高校は難関私立進学校で、T大合格率の高さで全国的に名を知られている。高岡も一度はT大に進んだようだったが、二年で違う私立大学に移っていた。卒業後は名のある大きな企業に就職しているが、そこもわずか四年足らずで退職している。
その後の経歴は唐突に坂道を転がり落ち、かつ、意味不明のものだった。
夜の店なのだろうが、聞いたこともない店名がいくつか並ぶ。空白期間も多い。
極めつけは現在の職業であろう。
SMクラブ「An entrance」代表、とある。
(エントランス……入り口?)
T大にも受かった男が、今はSMクラブ経営者。
この男が父ではないようにと思う。
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