Cufflinks
第一話・焔 第一章・1
ダイニングテーブルの上は湯気であふれていた。
竹下が作って保存しておいてくれた料理がほとんどだが、炊きたての白米と味噌汁がある。米はきょう炊くと言っていたし、味噌汁もきのうの朝に飲みきっている。
「あの、これ」
高岡が眉をひそめてこちらを見た。椅子の背を指で叩く。
「食べる前には何と言う? ひとりのときは自由だが、今は俺がいる」
「い、いただきます」
「食べてよろしい」
顔の前で合わせた手の向こうを見る。高岡の前には何も膳がない。
勝手にしろ。
口から胃が出そうだったが、食べないと何をされるか知れたものではない。
味噌汁から手をつけていった。普通に喉を通った。
飯を食べてみる。ちょうどいい炊き加減だった。
「口に合わなくてもできるだけ食べろ。体が資本だ」
「わかりました」
高岡と目が合った。何度見ても特徴的な目だと思う。
日本人離れした瞳の色と、きつすぎる眼光。正体を隠すような光だった。
高岡が頬杖をついて口をひらく。
「お前は何が好物だ」
「だし巻き玉子や……筑前煮なんかも好きです」
「嫌いなものは」
「ケーキです」
それだけ尋ねると、高岡は何も言わずに目をとじた。
高岡の言葉など待っていても仕方がない。
一度入った食べものを、昨夜から何も食べていない胃が要求した。無言で食べ進み、間もなくたいらげた。
「ごちそうさまでした」
食器を片付けるために、シンクの前に立つ。
高岡の香りがした。と同時に、後ろから性的な動作で抱きしめられた。胸や下半身をまさぐられ、耳の後ろを舐められる。息が乱れた。
「いっ、いやです。やめてください」
「可愛い仔犬ちゃん。食べっぷりはいいが、だめなところがひとつある」
「い、や……」
「箸使いがなっていない。直すように」
高岡を突き飛ばそうとした。手応えがない。
敵はすでにダイニングテーブル用の椅子に腰を下ろしていた。にやついた顔だ。
春樹はテーブルを拳で叩いた。
「体売るのに新聞や箸使いが関係あるのかよ! さっさと客をとらせればいい! 登校するんだから、あんたは帰れ!」
高岡が声をたてて笑った。腹を抱えている。
「今のお前を客の前に出す? 俺の一生の不覚だ」
「…………っ!」
笑い続ける高岡を尻目に、春樹は歯を磨いて教科書を用意した。
登校するばかりにして廊下に出る。ボストンバッグの口があいていた。
急いで中を見る。次に、リビングを見た。
朝陽を受けるローテーブルに、母の遺影が立っている。
高岡がバッグから出して置いたのだ。
勝手に。汚い手で。
「逃げるなら万全の計画を立てて実行しろ」
春樹は何も答えなかった。返事が欲しければ殴ればいい。
「そろそろ時間だろう。送ってやる」
「いいです」
パン! と、小気味いい音がした。右の頬が熱くなった。
目の前に、不機嫌そうな顔の高岡がいた。
「よく聞け、仔犬ちゃん」
高岡は煙草に火をつけている。靴をはき、先に外に出るつもりらしい。
「俺とお前の間の合意は、昨夜のベッドの中だけだ。わかったら戸締りを」
「は……い」
涙だけは見せまいと思った。
次のページへ