Cufflinks

第一話・焔 第一章・1


「あ…………!」
 大声は出すまいと決めていたが、思ったより苦痛がない。
 苦痛の代わりに、異物感と圧迫感が襲ってくる。
 それから逃れようと前かがみになろうとしたら、肩をつかまれた。
「いいと言うまで上体を離すな。深く入ることになる」
 春樹の片腕にはバスローブがまとわりついたままだ。
 逃げようとしていたところをこの男につかまり、説き伏せられ、こんなことをされている。新田とするはずだったことを、自分を犬と呼んだ男としている。
 いやだと言いながらも唇が寂しいと感じ、指では物足りないと思った。
(こいつがこれを生業にしているからだ。僕がおかしいわけじゃない)
 ベッドがきしんだ。背中に手が置かれる。
「さて、探検といくか」
「な、に」
 背中を押された。深く入ってくる。
 強い痛みはないが異物感はそのままで、何より恐怖があった。
 元の位置に戻ろうとする体を、高岡は許さなかった。
 異物感に胃のあたりがせり上がる。
「ま、て、待って。くるし……」
 無視を決めこむつもりか。春樹の肩に手をかけ、動きをとめることがない。乱暴ではないが、優しくもないように思う。春樹のひたいに汗が滲んだ。
「苦しい、苦しいよ。合意、なら、ゆっくり」
「口で息をしろ。呼吸をとめるな」
 従うしかない。つめていた息を楽にしたら、溜飲も下がった。
 下がったものの、喉が熱い。ひりひりとして、息をするたびに焼けるような痛みがあった。胃液で刺激されたのだろうか。
 休ませてほしい。水を飲みたい。
 振り返ろうとした、そのときだった。
「だめ! やめて! あ……くっ!」
 射精に至ったのかと思った。
 それほどの感覚がした。
「この仔犬ちゃんはここが弱いか」
 高岡は穴の中で反応する箇所をとらえると、そこから離れなくなった。
 腰をつかまれる。律動が体全体に広がり、声を出したい衝動にかられた。
 枕に伏せていた顔を上げ、口をひらく。
「い……い! もっと……!」
 耳を疑った。
 口に手をあてたが、予想どおり高岡にその手を取られた。
「ちが、ちがう。ちがうっ」
 手首を拘束するように握られた。耳朶を噛まれる。
「仔犬ちゃん。したいことをしてみろ」

  キスしたい。

 高岡を見る。口もとに笑みをたたえた高岡の、無言の命令に従って目をとじた。
「いい子だ」
 唇にあたたかさが戻った。
 こんなはずない。
 この男の唇に安らぎなどあるはずない。あってはいけない。
 声が聞きたいためなのか、浅いキスしかしてこない。
 これは、新田としたかったキスだ。
(違う。お前は修一じゃない)
 高岡の舌を探った。意思はすぐに伝わり、キスが深くなる。
 玄関でされたときのような強引さがない。主導権を与えてやろうという、こいつらしいあざけりがあった。
 つかんだ手を自由にしろと、力一杯引いてみる。あっけなく放された。
 解放された手が空を泳ぐ。唇も自由になった。
「何がしたい? 仔犬ちゃん」
 嘲笑を隠さない高岡の声がする。
 春樹は高岡の肩から首、顔、髪へと手を伸ばしていった。
 高岡の頭をしっかりつかむ。上体を密着させて目をとじた。
 だが、唇が重ならない。
「誘ってみろ。お前の仕事だ」
 どうやって。頭の中はそう言っていたが、体は一歩前をいった。
 高岡の脚に自分の脚を巻きつける。そうしたほうが、この男の商売道具を深く引き込めるように思ったからだ。
 何の根拠もない行動だったが、思ったとおりになった。鈍い痛みがあるものの、絡むように交差した脚から背中にかけて、喉を焼いたときの熱さが突き抜けていく。あとは考えなくていいと、頭の奥で声がした。
「唇が……寂しい」
 言った刹那だった。
 後ろで深くつながったところから、見えない炎が巻き上がった。
 炎は渦を保ったまま、脊椎を舐めていく。
「あ……つい……っ!」
 高岡の頭をつかんでいた手を離そうとしたが、それはかなわなかった。強い力で手を固定される。なりをひそめていた動きが再開された。
 女の子のような、悲鳴に似た声をあげてしまう。
 後悔した。やはりこの男は慣れているのだ。
 新田の前でひらき、新田に見せたかった、新田に聞かせたかったものをすべて奪われる。痛みはさほどでもないのに、涙が滲んだ。
「泣いても始まらないぞ。俺を誘え。これがお前の仕事だ」
 取り繕うのはやめた。仕事だというのなら、応えてやればいいのだろう。
「もうだめ、キスして! 寂しくさせないで……!」
 唇が重なる。高岡が脚の組み方を変え、結合がさらに深くなる。
 弱いところを一気にえぐられ、射精感がピークに達した。
 春樹の乾いた悲鳴が高岡の口中に飲み込まれる。
 背後の高岡が息を殺し、何かを言った。
「くそ、焔持ちか」

  ホムラ──モチ?

 喉が引きつれて、もう声が出ない。新田の笑顔が脳裏に浮かぶ。
(修一、好き。大好き……)
 春樹の意識は遠のき、熱い炎も消えた。


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