竜の巣

竜の巣・8

 高岡の寝息は規則的で穏やかだった。弘田がベッドから出るときに、やはり干し草の匂いがした。
 水槽に映る弘田の顔は曇っていない。高岡の肩まで毛布を引き上げる。
 高岡は弘田に会いたいと言った。清らかな植物の香りをまとっていても、弘田と過ごしたいと思ったのだ。
 大きく伸びをする。暖房を入れ、昨夜用意した惣菜を冷蔵庫から出した。空腹で目が覚めたと言ったら、高岡は笑うだろうか。
 つまみ食いをしながら朝食の支度をした。水槽越しに見える高岡は、おとなしく毛布にくるまっている。
 次に会えば、また草の香りを探すかもしれない。高岡の背中に爪を立てるとき、草の匂いが似合う人物の顔を、思い浮かべるかもしれない。
 高岡という男は、体に何を残しても、そのときに想う人のもとへ行くのだ。器用な恋はしたことがないが、高岡とならできそうな気がする。
「……早いな」
 ドンファンがのっそりと起き上がった。寝起きでも精悍なところがある。しばらく水槽の魚たちを眺めて、弘田に目を移した。
「何を笑っている」
 カウンターキッチンに両肘をついた弘田は、微笑んで答えた。
「竜の幻影より彰に嫌われるほうが怖いって言ったら、どう思う?」
「それは」
 高岡が毛布と掛け布団をはいだ。長い脚をベッドから下ろす。
「男冥利に尽きるな」
 にっと笑ってベッドから離れる。カーテンを開けてまぶしそうに外を見る表情は、二十代の青年のようだ。
 四十九日には故郷に行こう。母に優しい言葉をかけよう。閉鎖的で陰鬱な集落に打ちのめされても、東京に戻れば弘田の生きかたを否定しない男に会える。
 高岡の向こうに広がる冬の空は透明で、何も追いかけてきそうになかった。


<  了  >








Cufflinks 番外編(一応)『予約のない客』続編です。
当初は『口紅』というタイトルで、弘田のジェンダーに関わる部分を
テーマにした作品でした。が、Cufflinks とまったく関係なくなるので
書き直すこと三回(汗) 弘田はかなり初期にCufflinks の脇役として
でき上がったキャラだったのですが、本編には出てきません。




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