これは春樹が十五歳、中学三年生だったころのおはなし。
下駄箱を見た春樹は頬の引きつりを隠せなかった。頭に血がのぼってくる。
学校指定の白いデッキシューズが消えたのは四回目だ。二学期になってから、だれかが春樹の靴を下駄箱以外のところに隠すようになった。
最初は焼却炉の裏、次は体育用具の奥、三回目はトイレ掃除用バケツと、飽きずに続けられる子どもじみた行為に感心する。
春樹は犯人を捜そうとしなかった。靴が見つかるまで時間がかかり、発見しても切り裂かれたり汚水をかけられたりで履ける状態ではない。新しい靴を買わなくてはならず、家政婦である竹下に疑問を抱かせた。新品の靴を土で汚してみたけれど、竹下の目をごまかすことはできなかった。
父を通して学校に話してもらう、父が動かないなら自分が学校に、と息巻く竹下をなだめるには、くだらない悪戯など気にしていないと振る舞うしかない。
階段からにぎやかな音がする。級友の声もしたため、春樹は急いで外に出た。
靴を隠した人物が級友にいると思っての行動ではない。またやられたのか、から始まる犯人捜しがいやなのだ。憶測で悪口が飛び交い、「だれか」をこきおろす級友の顔を見たくない。
(早く冬休みにならないかな……)
逃げだとはわかっている。正直なところ疲れていた。学校は好きでも無意味で不快な現象からは遠ざかりたい。サンダル状の上履きのため、枯れ葉が靴下に引っかかって憂鬱さが増した。
上履きのまま商店街を歩くことはやめた。アーケードがある道は寒くない代わり、人々の関心を集める。公園を突っ切るのも土汚れがひどくなりそうだ。
消去法で選んだ帰路は、小さな神社の裏手だった。石垣に沿って歩く春樹の足もとに大きな影が落ちた。あまり見かけない人物が立っている。
「なんでそんなので歩いてんだよ」
にやにや笑う人は春樹と同じ制服を着ている。隣のクラスの生徒で、生駒(いこま)というのだと思い出しても笑顔にはなれなかった。
生駒は主要教科と体育は抜群の成績なのに、学校を憎んでいるところがあった。出席日数が足りなくて常に教師から呼び出しをくらっている。二年のときには駅前の繁華街で成人まで巻き込む喧嘩をして補導されるなど、いい噂を聞かない。
「寒いだろ。どっか、あったかいとこに入ろうぜ」
「どっかって……上履きだし……」
生駒の両目がぎらりと光った。縦も横も大きな体は威圧的だ。ラガーマンのような肩をいからせて春樹を見下ろす。
「俺とじゃいやだよな」
「そ、そうじゃなくて。家がすぐそこだから。また明日、学校で」
「待てッ!」
生駒の横を通ろうとした春樹が凍りついた。生駒はただ大柄なだけではない。幼稚園のころから空手だか柔道だかを習っていたと聞いたことがある。
(助けて……!)
足首にそっと触れるものがあった。つぶっていた目を恐る恐る開ける。
春樹の正面に生駒がしゃがんでいた。上履きの先に割れた瓶があり、生駒は春樹の足首に指を添えて動かないようにして、瓶と破片を拾い始めた。
近くの小路には数件の居酒屋やスナックがある。夜遅くになると、飲み足りない客がコンビニで買ったものを飲み、神社裏に瓶や缶を捨てることも多い。
「片づけたのは、野良猫のためだ」
脈絡のない言葉に返事も出てこない。生駒は春樹から離れて石垣に手をついた。足で落ち葉を寄せ集めて瓶を隠している。
「猫、多いだろ、このへん。仔猫とか、ぴょんぴょん歩くだろ。だからだ」
確かに野良猫はいる。神社に住みついているのか、小さな猫を見たことが何回かある。
だが、何故。生駒はどうして、猫が多いと知っている……?
「生駒く」
「家、近いんだろ。とっとと帰れよ」
生駒はもう一度鋭利な破片に枯れ葉をかけ、両手をポケットに入れて歩いていった。