ウエイトレスの恋・1
「丹羽。これ、もらってくんね?」
森本が春樹の机に置いたものは、映画のペアチケットだった。十一月になり、窓から射す陽は斜めで弱い。生徒の大半がいなくなった教室は肌寒く、コートを羽織った春樹は森本と向かい合って座った。
「ウエイトレスの恋……? 恋愛映画?」
椅子の背を胸に抱いた森本が、白い歯を見せて笑う。
「バカ兄貴、フラれたんだよ。それ観にいく予定だった人に。おれ、そういうの興味ねーし、一緒に行く女の子もいないしさ」
「そんなの僕も同じだよ」
「まーよく見ろって。そのチケット」
改めてチケットを見た春樹が「あ」と言う。前売り券を飾る主演女優らしき美少女に、見覚えがあった。
「似てるだろ。その女優は外人だけどさ」
チケットの三分の二は写真だった。ガラス扉を隔ててふたりの男女が互いを見つめている。雨のしずくが走るガラスの向こうに、笙子と瓜二つの少女がいた。
「タカオカさんだっけ。駅ビルのハンバーガー屋で会った、遠い親戚の人。あんとき一緒にいたの、あの人の彼女なんだよな? お前も観ないなら、タカオカさんにでもあげてくれよ。上映してんの今日までみたいだけど」
「今日まで?」
「兄貴、かなりへこんでてさ。今朝よこすんだよ。フラれたの先月なのに。てコトで。じゃーな!」
「じゃあって……森本!」
いつも素早いが、こういうときの森本は特に速い。体育で追試になりそうな春樹が廊下に出たときには、森本の姿は見えなくなっていた。教室の扉にもたれた春樹は、再びチケットを見た。
「笙子さんにそっくりだ」
五月の連休中、校庭掃除を手伝ってくれた森本と、駅ビルで食事をした。同じ店に偶然居合わせたのが高岡と、高岡の異母妹の笙子だ。新田同様、森本が笙子を高岡の恋愛相手だと思ってもおかしくはない。
邦題の上にフランス映画の旨が書いてある。瞳の色まで笙子似の女優が出る、フランスの恋愛映画。
(修一なら、こういうの好きかな)
廊下に出て窓辺に立つ。旧校舎に近い校舎の、三階部分を見た。二年生のクラスが集まる箇所は、すべて電灯が消えている。
二年生は修学旅行中だ。新田からのメールには、級友との写真や植物の写真が添えられていた。
新田とふたりで映画を観たら、どんなふうだろう。まだ映画館で一緒に観たことはない。薄暗い映画館で見る新田の横顔は、いつもと変わらず優しいだろうか。指先にそっと触れたり、帰り道に映画の感想を話しながら、手をつなげたりするだろうか。
二年生の教室群から、校庭に目を移した。強い風が落ち葉を舞わせている。葉を落とす木も落とさない木も、木肌はどれも寒そうだった。
せっかくのペアチケットだが、ただの紙切れになりそうだ。校内で捨てようかとも思ったが、森本に悪い。二枚重なるチケットをコートのポケットに入れて、校舎を後にした。